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潮待ちの駅、最後の夏  作者: ぴよ団長
第1章 帰郷と潮待駅発見

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15/18

夏の終着駅

それから一年が経った。


瀬戸内の夏は、相変わらず眩しかった。


港には観光船が入り、商店街には新しいカフェが一軒できた。


古い空き店舗を改装した、小さな喫茶店。


名前は——《潮待ち》。


「遼くん、アイスコーヒー三番テーブル!」


「はーい!」


僕は厨房から返事をする。


カラン、と風鈴が鳴った。


窓の外には、青い海。


島影。


白い入道雲。


東京を辞めて最初は不安だった。


収入も少ないし、知り合いもほとんどいない。


でも、不思議と後悔はなかった。


この町で生きようと思えた。


それだけで十分だった。


「またぼーっと海見とる」


カウンターで澪が笑う。


今の彼女は、僕が知っている“祖母”の年齢に近い。


けれど時々、潮待駅で見た若い澪の面影が重なる。


僕は苦笑した。


「見ちゃうんだよ」


「毎日見とるじゃろ」


「飽きない」


本当にそうだった。


瀬戸内の海は、時間ごとに色が変わる。


朝は白銀。


昼は群青。


夕方は橙。


夜は黒曜石みたいに静かになる。


昔の僕なら、こんな景色に価値なんて感じなかった。


でも今は違う。


この町には、ちゃんと人の記憶が積もっている。


待ち続けた時間も。


言えなかった言葉も。


全部。


店の奥には、小さな木箱が置かれている。


『潮待文庫』


潮見神社にあったものを、宮司さんに頼んで譲ってもらった。


中には、今も誰かの手紙が入っている。


『受験がうまくいきますように』


『お父さんと仲直りしたい』


『この町で店を続けられますように』


誰にも言えない願い。


後悔。


祈り。


それを読むたびに思う。


人はきっと、何かを待ちながら生きている。


夕方。


店を閉めたあと、僕は一人で港へ向かった。


夏祭りの日だった。


提灯が灯り、屋台の匂いが漂う。


子どもたちが走り回っている。


あの日と同じ景色。


でももう、黒い列車も潮待駅も現れない。


終わったのだ。


ちゃんと。


僕は岸壁へ座り、海を眺める。


夕陽が水面へ伸びていた。


そのとき。


「ラムネ、好きじゃったよね」


女の子の声がした。


僕は振り返る。


誰もいない。


潮風だけが吹いている。


苦笑する。


疲れてるのかもしれない。


でも。


足元を見ると、一本のラムネ瓶が置かれていた。


見覚えのある、古い青い瓶。


僕はゆっくり手に取る。


カラン、とビー玉が鳴った。


胸が熱くなる。


海風が吹く。


遠くで祭囃子。


空には、大きな満月が浮かんでいた。


その瞬間。


どこからか、列車の警笛が聞こえた気がした。


ボォォォ――ッ。


僕は目を閉じる。


潮の匂い。


夏の夜。


瀬戸内の波音。


そして。


確かに誰かが笑った気がした。


僕は静かに空を見上げる。


「……ただいま」


満月は、何も言わずに光っていた。


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