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潮待ちの駅、最後の夏  作者: ぴよ団長
第1章 帰郷と潮待駅発見

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12/18

最後の満月

風が止んだ。


蝉の声だけが、やけに大きく聞こえる。


僕は手紙を見つめたまま動けなかった。


『次の満月で、うちは消えるよ』


令和の日付。


インクは新しい。


まるで昨日書かれたみたいだった。


「……どういうことだ」


声が震える。


澪も青ざめていた。


「そんな……聞いてない」


僕は顔を上げる。


「消えるって?」


澪は小さく首を振る。


「分からん……でも潮待駅にはね、“待つ理由”がなくなった人はおれんようになるんよ」


その言葉が胸へ刺さる。


待つ理由。


紗江は、僕との約束を支えに存在していた。


なら。


僕が思い出した今、彼女は——。


「そんなの、おかしいだろ」


思わず声が強くなる。


「やっと会えたのに」


五十年待って。


ようやく。


なのに終わり?


澪は唇を噛んだ。


「潮待駅は、ずっと同じ場所じゃないんよ」


静かな声。


「後悔とか約束とか、そういう“残った気持ち”でできとる場所じゃけぇ」


境内の楠が風に揺れる。


葉擦れの音。


遠くで船の汽笛。


瀬戸内の穏やかな朝。


なのに胸の中だけが荒れていた。


僕はもう一度、箱の中の手紙を見る。


紗江は、ずっと一人で待っていた。


季節が変わっても。


時代が変わっても。


昭和が終わっても。


平成になっても。


令和になっても。


僕との約束だけを抱えて。


そんな終わり方、あっていいわけがない。


「会いに行く」


僕は立ち上がった。


澪が驚く。


「遼くん」


「次の満月っていつだ」


「……今夜」


僕は息を呑む。


今日。


今日が最後なのか。


澪は不安そうに僕を見る。


「でも、潮待駅は毎回同じ場所へ行けるわけじゃない」


「それでも行く」


即答だった。


もう迷いはなかった。


東京で何を失ったとか、仕事がどうとか、そんなことはどうでもいい。


僕は約束を破った。


だから今度は、ちゃんと会わないといけない。


澪はしばらく僕を見つめていた。


それから、少し泣きそうに笑った。


「ほんま、昔から変わらんね」


「え?」


「大事なもんのためなら、後先考えん」


それ、褒められてるんだろうか。


澪は木箱から一通の封筒を取り出した。


色褪せた、小さな封筒。


「これ、遼くんが昔書いた手紙」


僕は目を見開く。


「僕が?」


澪は頷く。


「紗江に渡せんままになっとった」


震える手で受け取る。


幼い字だった。


『さえちゃんへ』


封を開く。


中には、拙い文字が並んでいた。


『おおきくなったら、ぼくがおむかえにいく』


その瞬間。


胸の奥で何かが崩れた。


涙が込み上げる。


子どもの頃の僕は、本気だったのだ。


約束を。


ちゃんと守るつもりだった。


なのに僕は忘れて、大人になって、逃げて、擦り減って。


紗江だけが待ち続けた。


「……最低だ」


僕は顔を覆う。


澪が静かに首を振った。


「違うよ」


優しい声だった。


「戻ってきたじゃろ」


涙が落ちる。


境内の石畳へ、小さな染みができた。


しばらくして。


澪がぽつりと言う。


「ねえ、遼くん」


「……何」


「もし紗江が消えるとしても」


風が吹く。


木漏れ日が揺れる。


「最後に笑えたら、それでええと思うんよ」


僕は顔を上げた。


澪は少し寂しそうだった。


「うちね、ずっと後悔しとった」


紗江を助けられなかったこと。


喧嘩したままだったこと。


会えなくなったこと。


でも。


「昨日、やっと話せた」


澪は泣きそうに笑う。


「だから少しだけ、前向けそうなんよ」


その顔を見て、僕は思った。


潮待駅は、ただの幽霊列車じゃない。


そこは、残された後悔の終着駅だ。


言えなかった言葉。


守れなかった約束。


失った時間。


そういうものを、最後に繋ぎ直す場所。


僕は幼い頃の手紙を握りしめた。


そのとき。


ポケットの中で、硬い感触がした。


取り出す。


『潮待駅』の切符。


昨日まで黒ずんでいた文字が、少しだけ金色に光っていた。


裏返す。


そこには、新しい文字が浮かんでいる。


——終着まで、あと一度。


僕と澪は顔を見合わせた。


次が最後だ。


潮待駅へ行ける最後の夜。


その瞬間。


遠くの海から、低い警笛が響いた。


ボォォォ――ッ。


昼間なのに。


列車の音だった。


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