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ときめき⭐︎曇らせ学園  作者: ケミカルライト


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エンド2 文芸部の後輩



好きだと伝えてから、後輩は一度も瞬きをしなかった。


 開きかけた本が、机の上に置かれている。

 その端に触れた指も、動かなかった。


「……私、ですか」


「うん」


「文芸部の後輩として、とかではなくて」


「付き合ってほしいって意味で」


 彼女は口を開いた。

 何も言わずに閉じて、それから、もう一度こちらを見る。


「……ほ、本当ですか?」


「本当だよ」


「本当に、本当ですか」


 少し笑いそうになった。

 でも、彼女の目に涙が浮かんでいるのを見て、ちゃんと頷いた。


「本当」


 眼鏡の奥で、瞳が揺れた。


「だって、私」


 声が詰まる。


「先輩が、あの人といるところ、見て……私、やっぱり駄目なんだって」


 手が眼鏡へ伸びる。

 外そうとして、途中でやめた。


 俺の顔を、まだ見ていたかったらしい。


「この前、気になるって言ってくださったのも、嬉しかったんですけど。でも、期待しすぎないようにって」


「うん」


「部室に来てくださるだけで、よかったはずなのに」


 涙が落ちた。


 彼女は一度目を閉じ、息を整えようとした。

 それでも声は震えていた。


「私も、好きです」


 こちらを見る。


「先輩のこと、好きです」


 聞こえていた。

 それでも、もう一度聞きたくなるような声だった。


「……ありがとう」


 差し出した手を、彼女は見下ろした。


 指先が触れる。

 すぐに握ることはせず、確かめるように、そっと俺の指に沿った。


「手、繋いでもいいですか」


「そのつもりで出したんだけど」


 ようやく少し笑った。


 重なった手に、力が入る。


 いつも部室に来ると、彼女のほうから近づいてきた。

 今日は俺が椅子を寄せた。


 肩が触れると、彼女はまた泣きそうな顔になった。


「……来週も」


「うん」


「水曜日、来ますか」


「来るよ」


 頷いてから、続けた。


「水曜以外も、一緒に帰りたい」


 彼女は俯いた。


 繋いだ手が、ぎゅっと握られる。


「はい」


 その返事だけは、すぐに聞こえた。


     *


「そっか」


 幼馴染は、それだけ言った。


 部活帰りだった。

 分かれ道の少し手前で、俺から足を止めた。


「文芸部の子と?」


「うん」


「……そっか」


 もう一度、頷く。


 ラケットケースの紐を握り直し、こちらを見た。


「よかったじゃん」


 何と言えばいいか、わからなかった。


 彼女は俺の返事を待たず、少し笑った。


「ちゃんと言ったんだ」


「うん」


「あの子、喜んだでしょ」


 頷くと、彼女も頷いた。


「だよね」


 そのまま、目の端から涙が落ちた。


 彼女は一瞬、不思議そうな顔をした。


「あれ」


 頬に触れる。

 濡れた指先を見て、それから慌てて目元を拭った。


「あはは。おかしいな」


 拭っても、止まらなかった。


「……ごめん」


 俺が言うと、彼女は首を振った。


「違う。そういうの、いいから」


 笑おうとする。

 口元だけが動いて、眉が下がった。


「私もさ、何か、言うことあると思ってたんだけど」


 息を吸う。


「今、ちょっと出てこないや」


 ラケットケースを背負い直した。


「ごめん。今日は帰るね」


「送る――」


「いい」


 返事は早かった。


 彼女は一度こちらを見た。

 それから視線を外して、足元へ落とす。


「今日、一人で帰りたい」


「……うん」


 頷くと、彼女はようやく歩き出した。


 いつもの帰り道を、一人で行く。


 途中で髪を耳にかけ、もう一度目元を拭った。

 こちらを振り返ることはなかった。


     *


 週末は、連絡できなかった。


 何度か画面を開いて、閉じた。

 何を送っても、返事をさせてしまう気がした。


 月曜日、教室に入ると、いつもの席に彼女がいた。


 最初、横顔を見間違えたかと思った。


 長かった髪が、顎のあたりで切り揃えられている。

 机に頬杖をつき、前の席の女子と話していた。


「ばっさりいったね」

「うん。バドやるのに邪魔だったし」


 笑い声が聞こえた。


 鞄を持ったまま近づくと、彼女がこちらを向いた。


「おはよう」


「……おはよう」


 言葉が続かなかった。


「お前、それ」


「うん。思い切って切っちゃった」


 毛先に触れる。


「軽いよ。乾くの早いし」


「……そっか」


「うん」


 そこで会話が切れた。


 彼女は窓のほうを見た。

 短くなった髪から、耳が出ていた。


 自分の席へ行こうとすると、声がした。


「ねえ」


 振り返る。


 彼女はまだ窓のほうを向いていた。


「あんたに彼女ができてもさ」


 少し間があく。


「私たち、幼馴染、だよね」


「……そりゃそうだろ」


 こちらを見た。


「そうだよね」


 ゆっくり頷く。


「うん。そっか」


 もう一度、頷いた。


 それから、少し息を吐いて笑った。


「じゃあ、今日も基礎打ちよろしく」


「うん」


「彼女できたからって、こっちまで手抜かないでよ」


「抜かねえよ」


「どうかなー」


 いつもの調子だった。


 彼女は前の席の女子へ向き直った。

 切った髪、似合っていると言われて、ありがと、と笑う。


 俺は自分の席に座った。


 後ろから聞こえる声に、何度か振り返りそうになった。

 そのたび、前を向き直した。


     *


「はあ? 聞いてないんですけどー」


 バイトの後輩は、補充しかけのレジ袋を持ったまま言った。


「今言っただろ」


「そういう意味じゃない」


 袋をケースへ押し込む。

 一枚だけ引っかかったのを、指で直した。


「文芸部の子?」


「うん」


「ふーん」


 こちらを見ない。


「てか、先輩って地味系好きなの?」


「いや、地味系が好きなわけじゃなくて」


「ふーん」


「聞いてる?」


「聞いてますよ。眼鏡で、本読んでて、大人しい子が好きなんでしょ」


「そういう条件で選んだわけじゃねえよ」


「はいはい」


 彼女はケースを閉じた。


 少し怒っているように見えた。

 何か言い足そうとすると、先に口を開く。


「で、お礼のパスタは?」


「え?」


「なくなんの?」


「いや。約束したし、行くけど」


「そ」


 頷いてから、こちらを見た。


「彼女には言っといてね」


「うん」


「あと、奢りだから」


「わかってるよ」


 彼女はまた、レジ袋を一枚だけ引き出した。

 今度は、きれいに取れた。


     *


 次の木曜日、バックヤードに入ると、彼女がロッカーの前にいた。


「お疲れ――」


 言いかけて止まる。


 大きめの、丸い眼鏡をかけていた。


「……何」


「いや。眼鏡」


「見ればわかるけど」


「目、悪かったっけ」


「ちょっとね」


 そう言って、ブリッジを押し上げる。

 指が一度、空振りした。


「へえ。初めて見た」


「そ」


 鞄を閉じても、こちらへ背を向けない。

 何か待っているようだったので、もう一度顔を見た。


「似合うじゃん」


「……そうですか」


 少しだけ、顎が上がった。


「まあ、別に。楽なんで。こっちのほうが」


「コンタクトだったの?」


「先輩、今日レジ?」


 急に話が変わった。


「最初はそう」

「じゃ、私、補充やる」


「珍しいな。いつも俺に押しつけるくせに」


「働き者なんで」


 俺の横を通り、売り場へ向かう。

 扉の前で振り返った。


「先輩」


「ん?」


「こっちのほうがいい?」


「何が」


 彼女は眼鏡のつるに触れた。


「ああ。どっちも似合うと思うけど」


「出た。どっちも」


 少し不満そうに口を尖らせる。


「ちゃんと見てから言ってよ」


 言われて、もう一度見た。


 視線が合う。

 彼女は逸らさなかった。


「……今、見た?」


「見た」


「じゃあ、覚えといて」


 扉が開く。

 店内の明るい音が流れ込んできた。


 彼女は眼鏡を直して、レジのほうへ歩いていった。


 その日、眼鏡は勤務が終わるまで外されなかった。



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