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信じてほしい

北へ向かう街道。

兵たちが村を離れてしばらくした頃、馬を進めながら、隊長は二人の部下と並んでいた。

そのうちの一人が、少し遠慮がちに口を開く。


「隊長、発言の許可を」


「話せ」


「なぜ、あの少年を同行させず、特別な紹介状を渡したのですか?

 彼をヴァーヴへ連れて行くのが任務だったはずですが」


この小隊の任務は単純だ。

村や小さな町を回り、適齢の若者を徴集し、最寄りの軍事学院がある都市へ送る。

今回の目的地はヴァーヴだった。


ただし例外がある。

有力者や名のある家の子であれば、その場で連行せず、

王都ヴィレデンへ出頭するための特別な書状が与えられる。

道中の“事情”を理由に、多少の猶予も認められる。


「理由を話しておこう。お前も聞け、ドゥラ」


もう一人の兵士が、静かに頷いた。


「俺の故郷ではな、

 力を抑え込んで生きている者ほど、

 誰かに強く執着し、感情が崩れた時に大惨事を起こすことがある」


「……」


「……?」


二人とも、まったく理解できていない顔だ。


隊長は曇った空を見上げ、少し考えてから言い直した。


「要するにだ。

 あの場で少年を連れて行っていたら、

 残されたあの少女は、もっと厄介な存在になっていた」


「力を制御できない者を刺激するのは、得策じゃない」


部下はしばらく黙り込み、やがて問いを重ねる。


「では、あの少女はどうするのです?」


「何もしない」


「軍が存在を知れば、必ず確保しに来るだろう。

 だが、ああいう子は軍向きじゃない。

 抱え込めば、問題しか生まん」


「だから報告書には“少年は有力者の子”とだけ書け。

 どう見ても、彼は自分から来るつもりだったしな」


その後、一行は東の分かれ道で進路を変え、

各地の小隊が合流する大部隊へと加わった。


馬車に乗る者、ロバに跨る者、徒歩の者。

同行者がいる者もいれば、一人きりの者もいる。

ヴィレデン王国の地方から集められた、雑多な若者たち。


すべては、

黄金街道を通り、ヴァーヴへ向かっていた。


―――×―――×―――


同じ日の朝。

サーン家の工房。


家の裏手にある工房は、正面が開けており、

小さな炉、金床、壁に掛けられた数多の道具が並んでいる。


そこで一人の男が、黙々と作業をしていた。

がっしりとした体格、戸棚のように広い肩、

岩を砕けそうな分厚い手。


テオドロ・サーン。

皆からはテオと呼ばれている。


友人デリクから頼まれた釘の注文を、旅立つ前に仕上げていた。

この巨体で、これほど小さく単調な作業を続けられるのは、

ある意味、才能だ。


集中しているところに、

エプロンで手を拭きながら妻が顔を出す。


「あなた、お昼、もうすぐできるわよ」


「もう少しだ。ここへ持ってきてくれ」


妻は半眼で睨む。

仕事のせいで工房で食事するのは、これが初めてではない。


腕を組み、扉にもたれながら言った。


「そうそう、言い忘れてた。

 エリアス、徴集を受けるって言い出して、約束を破ったわ」


テオの動きが止まる。


低く、重い声。


「……俺の席を用意しておけ」


それ以上は何も言わず、

しばらく考え込んだ後、再び金槌を振るい始めた。


―――×―――×―――


……完全に想定外だ。

ここまで先が読めなくなるとは。


俺は、すべてを単純に作ったはずだった。

なのに、どうして今はこんなにも複雑なんだ。


ともあれ、まずは隣にいる彼女からだ。

ずっと黙ったまま、虚空を見つめている。


騒ぎの後、周囲は浮ついていたが、

この“早すぎる目覚め”には誰も気づいていないようだった。

だから、少し離れた場所へ連れてきた。


小さな川のほとり。

並んで座り、言葉はまだ一つも交わしていない。


……逃げられない。

これはもう、個人的な問題だ。


「……リ」


呼ぶと、眉がわずかに動いた。


「……約束を守れなくて、本当にごめん」


「……」


「気持ちは分かる。だか――」


「分かってない!」


「……!」


「私だって、分からないの!

 一瞬はすごく嬉しくて、一緒にいられると思った!

 だって、あなたが約束したから!」


「……」


「でも次の瞬間、悲しくなって、怒りが湧いて……

 でもあなたに怒る自分が嫌で、また悲しくなるの!」


「……」


「理由を探そうとして、考えれば考えるほど、分からなくなる……」


彼女は膝を抱え、顔を埋める。

きっと、泣いている。


「……急に私のこと嫌いになったんじゃないかって思うと、すごく苦しい……」


沈黙。


そして、また静かになった。


……詰んでる。

正直に話したい。

でも、今の俺の行動は理屈じゃない。

理屈で理解してもらえるはずがない。


なら、選ぶべきは一つ。


大きな嘘。


「……今の俺が持ってる以上のものを、君にあげたかった」


「……?」


横目でこちらを見る。


「言うのは恥ずかしいけど……

 ずっと考えてたんだ。

 今の世界より、もっと広い世界を、君に見せたいって」


「……」


彼女が顔を上げ、まっすぐこちらを見る。


「父さんと一緒に働くつもりだった。

 でも、それじゃ足りないと思ってた。

 君の父さんの話は、光みたいだった。でも――

 ただの店員じゃ、ここに残るのと変わらない」


「……違う……」


言葉を遮るように、手を取った。

驚いた表情。


そのまま、続ける。


「昨日のこと……やりすぎたのは分かってる。

 でも、言ったことに嘘は一つもない」


「……!」


「軍は、成功すれば一番近道なんだ」


「……」


「全部、俺と君が、誰にも頼らず生きるための夢だった。

 王都で、完璧な人生を送るための――」


涙は浮かんでいる。

でも、もう悲しみじゃない。

憧れの色だ。


立ち上がり、彼女を支えながら、顔を近づける。


「信じてほしい。

 ……もう一度だけ」


視線を逸らし、少し赤くなる。


そして、歩き出そうとした瞬間、

握っていた手を、そっと引かれた。


振り向くと、

小さなキス。


「……もう一度だけ、信じる。

 お金や都の暮らしじゃない。

 あなたが……戻ってくるってことを」


そう言って、先を歩き出す。


「帰ろっか」


……もしこれがゲームなら、

俺は間違いなく**“最低男”の称号**を獲得している。

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