見当違い
昨日の俺、いったい何をやらかしたんだ……!
なんで答えが“愛の告白”になるんだよ!? どこからそんな結論が出てきた!?
そもそも、どういう理屈でそう思ったのかすら思い出せない。
確かに、リリヤに結婚を申し込んだ記憶はある。
あるんだけど、その時の頭の中がまるで思い出せない。
酒に酔っていたみたいな感覚だった。いや、そこまで飲んだ覚えはないはずなのに。
「……そんなに飲んでないと思うんだけど」
「お姉ちゃんが持ってきてた飲み物、全部あんた用だったでしょ?」
「うん、リリヤがいろいろ持ってきてくれてた」
「だったら飲みすぎなきゃよかったじゃん」
……
うん、理屈としては正しい。
でも、そんな単純な話じゃないんだ。
あの時、酒しかなかったなんて知らなかった。
リリヤが持ってくるものは、全部それだったから。
少し整理しよう。
――俺の思考を覗いている観客諸君のために。
昨日、リリヤが倒れたあと、俺は彼女を家まで運んだ。
到着した途端、当然のように両親は大騒ぎだ。
「娘に何があったの!?」
そう叫んだのは母親のアナスタシア。
介抱すべきか、診るべきか、俺を問い詰めるべきか、完全に混乱していた。
俺は「話している途中で突然倒れた」と説明し、
アナスタシアと二人の侍女がリリヤを部屋へ運んでいった。
俺は居間で待つことになった。
しばらくして現れたのは、痩せた体格で、白髪が混じり始めた男。
長い眉、刻まれた皺。
リリヤの父、バルトロメウ・ボルジェスだ。
細身だが姿勢は崩れておらず、表情は落ち着いている。
知らない人からすれば怖そうだが、俺にとっては顔なじみだ。
居間はそれほど広くない。
敷物と絵画が飾られ、向かい合ったソファと小さなテーブル、近くに暖炉。
彼は俺の正面に腰を下ろし、くつろぐように姿勢を整え、
上着のポケットから葉巻を取り出し、テーブルの燭台の火で火をつけた。
一服してから、静かに言う。
「……例の提案について、娘と話したんだな?」
「はい。考える時間は十分いただきました」
葉巻の煙が鼻にくる。
何の葉だこれ……咳が出そうだ。
「決断は、前向きということでいいか?」
「もちろんです。今さら断る理由なんてありませんから」
「素晴らしい。いい仕事になるぞ。
空いた時間で魔法学院に通ってもいい。費用は私が持つ」
「ありがとうございます……え?」
「どうした?」
「……お仕事、って言いました?」
「当然だろう。条件は変えていない。
それとも、リリヤが別の話をしたのか?」
……あれ?
「いえ、大丈夫です。少し疲れていて……頭が回っていないだけです」
俺、何かとんでもない勘違いをしていたのでは?
「問題ない。あとでリリヤにも伝えておこう」
お願いします、余計なことは言わないでください。
少し会話を続けたが、バルトロメウは驚くほど穏やかな人だった。
やがて帰ることになり、立ち上がったその時、侍女が戻ってきた。
「一時的な血圧低下のようです。今は眠っています」
「そうか。今日は休ませよう。明日様子を見る」
「承知しました」
「それなら……また明日、顔を出します」
「気をつけて帰りなさい」
――そして現在。
朝の広場、噴水のそば。
舞台や屋台が片づけられていくのを眺めながら、昨日の自分を反省中だ。
いつの間にか隣に座っていた彼女の存在も、気にせず受け入れていた。
「酒しかなかったなんて知らなかった。果物のジュースかお茶だと思ってた」
「実はね、ビールとワインは少しだけだったよ。
デリクが間に合わなかったらしいし」
……え?
「じゃあ、なんでリリヤは俺に酒ばっかり――」
「それより大事な話があるんだけど。
昨日、何を話したの?」
「……本人から聞いてないの?」
記憶がない?
これは……助かった?
「起きてからずっとニヤニヤしてるの!
お父さんが“一緒に引っ越す仕事の話を受けたのか”って聞いても、
『へへ〜』って返すだけ! いい加減イライラするんだけど!」
救いが処刑台に変わった。
しかも、誰がこの話を知ってたんだ?
俺、何日もここにいたのに、一度も聞いてないぞ。
「……俺が承諾したから、嬉しいだけじゃ?」
「嬉しくはなるけど、ここまでおかしくならないでしょ!」
そう言いながら、肩をつついてくる。
「ねぇ? ねぇ? ねぇ?」
神様。
俺、キャラにここまでひどいことした覚えはないんだけど。
今だけでいいから、デウス・エクス・マキナ出してくれませんか?
その時、村の入口が少し騒がしくなった。
立ち上がって様子を見に行く。
近づかなくても、なんとなく察しはついた。
そこにいたのは、恰幅のいい男。
長い茶髪、ひげなし、よく似合う緑のスーツ。
向かいには、兵士らしき男。
濃い赤のロングコート、黒いズボン、革の手袋とブーツ。
黒と白の縞模様のシルクハット。
後ろには騎乗した兵士が二人。
この男が上官だろう。
村長と何やら真剣に話している。
聞き耳を立てるのは気が引けた。
やがて、広場へ向かい、村長が皆を集める。
「皆、突然の訪問で驚いたと思うが、心配はいらない。
事情は説明し、話はついている。
詳細は、こちらの方から説明がある」
合図を受け、男が巻物を広げる。
「国王陛下並びにヴィレデン王国の名において――」
長い。
要約すると、若者の徴集だ。
……ついに来た。
村を出て、戦って、生き延びる。
知っている。弱点も、ルートも、人脈も。
村編、終了。
「――だが!」
ん?
「村長の説明によれば、この村には対象年齢の若者が不足している」
え?
「該当者は病人、あるいは既に村を離れているとのこと」
……俺は!?
「よって――」
宣言するな!
俺を連れて行け! 世界が滅ぶ!
「――この村は徴集対象外とする」
……間違ってる。
「――」
声を出そうとした瞬間、後ろから口を塞がれた。
「変な顔してたから。余計なこと言うかと思って」
……リリヤ?
余計なこと!?
「ん、んー?」
「何?」
笑いながら手を離す。
「……ごめん」
彼女は笑顔のまま、首を傾げた。
俺は兵士たちに向き直り、叫ぶ。
「隊長、メルガヴァ!」
人々が驚く。
彼女も混乱している。
「俺、エリサエル・サーンは十六歳以上で健康です! 条件を――」
再び首に飛びつかれ、口を塞がれた。
今度はかなり本気だ。
それでも、言わなきゃいけない。
徴集はその場では行われない。
後日、自分で名乗り出る必要がある。
……簡単な段階は終わった。
次は――
「――あんた、何やったの!?」
両親との面談だ。




