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思い出と優しさのあいだで

「エリアス……勤務中にキノコはやめたほうがいい」


「違うって! そういう意味じゃない!」


「本当か?」


「お前が“俺の知ってる誰か”なのか確認したいんだ。だから答えてくれ」


「なんでだ?」


「……前に会った気がするんだ」


リアムは目を細め、頭のてっぺんから足先までじっと俺を観察した。


「まあ、見たことがないとは言えない……でも、見たとも言い切れないな」


しばらく観察したあと、彼は小さくため息をついた。


「ゾルヘルムに行ったことは?」


「たぶんない」


「よかった。俺はそこに行ったことがないからな。じゃあヴァンドルで見かけたのかもな」


「お前、悪魔は怖いか?」


「好きじゃないな。お前は?」


「かなり」


――やっぱりだ。


リアムは悪魔に関して、かなり問題を抱えていたはずだ。物語の最後まで引きずるくらいに。


そのまま、俺たちは一緒に“巡回”――いや、ただの散歩を続けながら話をした。

あまり踏み込みすぎないように気をつけたが、幸いリアムは話しやすいタイプだった。

どんな質問にも淡々と、どこか力の抜けた調子で答える。まるで低血圧の人間が朝にぼんやりしているような、そんな空気感だ。


リアムはカルドル出身らしい。海の向こう側の王国だ。

正直、俺が書いた中で彼に出自を設定していたかどうかすら思い出せない。だから比較もできない。


ただ一つ、どうしても気になるのは――性格だ。


俺の記憶の中のリアムは、真逆だった。

もっと元気で、落ち着きがなくて、あちこち走り回って跳ね回るようなやつだったはずだ。

だからこそ、同一人物だと気づくのが遅れた。


気づいたきっかけも、名前だ。

リリヤ、リッサ……そしてリアム。似た響きが頭の中で繋がった。


本来なら、リアムは寮で出会うはずだった。

実際その通りにはなったが――中身が違いすぎる。


気づけば昼が近づいていた。

太陽が容赦なく照りつけ、この身体はまだ直射日光に慣れていない。


橋の下で出会った少女の話を、リアムに少しだけした。

もちろん、魔法を教えたことは伏せて。


すると、リアムがぽつりと尋ねてきた。


「なあ、エリアス」


「なんだ?」


「結婚してるのか?」


……は?


「なんで急にそんなことを?」


「よくわからないんだよ。お前みたいな年齢で子どもがいるやつもいれば、もっと年上で一人のやつもいる。

遠くから来たって言ってたけど、残してきたのか? それともできなかったのか?」


……どうする。


正直に答えたい。

でも、変に誤解されるのも面倒だ。


「婚約はしてる。でも、今は一人で来てる」


「本当か? いつ戻るつもりだ? お前たちは時間の流れが早いんだろ? あまり遅れるとまずいんじゃないか?」


「数か月……うまくいけば数週間で、向こうから来る予定だ」


「へえ……運がいいな。そんなの滅多にないぞ」


「まあな。それまでには死んでるつもりだけど」


「そうか……え?」


――――X――――X――――


その日の夜。

勇敢なる兵士たちの巡回が終わり、日が沈み、街灯が灯り始めた頃。

王宮の大広間では、盛大な舞踏会が開かれていた。


淡い黄色に赤の差し色が入った華やかな馬車が入口に停まる。

そこから降りてきたのは、短い茶髪を少し乱した若い男。顔立ちは整い、どこか輝いて見える。


セマスティムだった。


白を基調としたタキシードに金の装飾。ポケットには銀の懐中時計、そして手には贈り物の箱。


そのあとに降りてきたもう一人は、まるで対照的だった。

長く脂ぎった黒髪、深い隈のある目、わずかに猫背。

一応髭は剃ってあるが、第一印象が良くなるほどではない。


くすんだ茶色のスーツを身につけているが、明らかに場違いだった。


ゴヴィクである。


「初めてだから緊張してるだろ? 俺が案内してやるよ」


「地獄に落ちろ」


長旅の疲れもあり、ゴヴィクは苛立っていた。

セマスティムはいつものことだと笑い流し、先へ進む。


やがて二人は大広間へと入った。


そこは広く、明るかった。

蝋燭ではなく、ガス灯、そして――時代を変えると噂される新技術、“電気”によって照らされている。


眩いほどに光り輝く空間。

あちこちに庭へ出る扉があるが、宴の中心はこの室内だった。小さなオーケストラが、求めに応じて曲を奏でている。


歩くたびに、セマスティムは貴族たちに声をかけられる。

老紳士、若い令嬢、小柄な貴婦人――誰もが彼に興味を示していた。


この場で最も低い称号は“騎士”。

それでもなお、名誉ある立場だ。


ゴヴィクはしばらくセマスティムの近くにいようとした。

紹介されることを期待して。


だが、それは難しそうだった。


(やっぱり、こうなると思った)


そう心の中で呟き、彼は庭へと出た。


少し歩き、ベンチに腰を下ろし、夜空を見上げる。


そのとき、一人の男が隣にやってきた。


「星は好きかね、若者よ」


「観るのは好きです。でも、学ぶ時間はありませんでした」


「それは惜しい。あれは実に美しいものだ」


「そうでしょうね」


二人はしばし無言で空を見上げた。


「あなたも、宴に飽きたんですか?」


「いや……飽きることはない」


「では、なぜ外に?」


男は空の一点を指差した。


「あの星、ミルノという名だ。娘に教えてやったことがあってね……彼女のお気に入りになった」


「確かに、綺麗ですね」


男はポケットから何かを取り出した。

四つ折りにされた写真だ。


それをゴヴィクに差し出す。


「二か月前に行方不明になった。この都で最初の事件だ」


写真には、黒くまっすぐな髪の少女。

白い肌と、どこか特徴的な瞳。


東のオルヴァニズ地方の出身だろう。

この男とは似ても似つかない。


――つまり。


「……あなたは何者です?」


「君のことは、兄からよく聞いている。部屋にこもってばかりいなければ、もっと人の顔も覚えられるだろうに」


(あの野郎……!)


心の中で兄を罵倒する。


「ファルベンソという。ヴュルヴの公爵だ」


敬意と恐怖が同時に押し寄せる。


そのとき――


「おお、公爵様! もう弟に会われましたか!」


セマスティムが現れた。


「うむ。すぐに分かったよ。聞いていた通りの人物だ」


「……俺はどんな風に紹介されてるんだ?」


「それより、行こう! 王女メリッサに紹介したいんだ」


「構いませんよ。楽しんできなさい」


セマスティムはゴヴィクの腕を引き、再び大広間へと戻っていく。


「だから、どう紹介してるか教えろって!」


声だけが遠ざかる。


ファルベンソはその場に残り、再び星を見上げた。


「約束は果たす」


ミルノの星を見つめながら、静かに呟く。


「お前は……一人で終わらせはしない」

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