この人、何言ってるの?
王都に着いてから、もう五日が経った。
もうこの隔離された寮での生活にも慣れてきた――そう言いたいところだけど、実際はそんなことはない。
というのも、しょっちゅう妙なことが起こるからだ。
到着した翌日、昼食の支度をしようとしたとき、調味料の備蓄が全部ネズミに盗まれていたことが判明した。
リアムは、自分のとある“材料”までなくなっていたらしく、かなり落ち込んでいた。
そのせいで、みんなで買い出しに出る羽目になった。
また別の日、寮の近くの訓練場で藁人形を相手に戦闘訓練をしていたときのことだ。
ミロが、なんとその藁人形相手に負けるという偉業を成し遂げた。
俺はそのとき別の訓練をしていたから、どうやってそうなったのかは見ていない。
ただ気づいたときには、ミロが地面に倒れていて、その上で藁人形と取っ組み合いをしていた。
それに、ボルレンがうっかり扉を壊したり、リアムが風に飛ばされたりなんて事故もある。
リアムが本当に風に飛ばされるほど軽いというのには驚いた。
あれってエルフの特徴なんだろうか?
書いてたときに、そういう設定でも入れておけばよかったな。
ともかく、この数日はかなり暇だった。
俺にはミロやボルレンと似た制服が支給されたけど、全然体に合わなくて、ぶかぶかだった。
「これはボルレンが最初に着ていたやつだ。来たときにあいつのサイズがわからなかったからな。だが、すぐに小さくなってしまった」
セドラームはそう言いながら、慌ただしく出ていった。
「この問題が片付いたら、お前に合うサイズの制服を用意しよう」
制服は深紅色のチュニックで、大きめのコートか外套のようにも見えた。
その下に白い綿のシャツと黒いズボン、そして革のブーツ。
ただ、そのブーツには一切手を出さなかった。
大きすぎる。履いたら道化師みたいなでかい靴になりそうだったからだ。
武器の方は、鋼のサーベルを支給された。
新品か、ほとんど使われていないように見える。
この時代に曲刀がどれほど有効かはわからない。
できれば刺突向きの直剣の方がよかったけど、持たせてもらえるだけありがたいと思うべきだろう。
この世界がどの時代水準にあるのか、正直あまりよく覚えていない。
ただ、全体として技術水準が均一ではないことだけはわかる。
暇な時間を使って、俺はこの物語の流れをなんとか思い出そうとしていた。
一番の障害は、俺がこの王都で過ごす期間だ。
頭の中から、書いたはずの情報の欠片を必死に引っ張り出そうとしたけれど、何も出てこない。
覚えているのは、この時期をひとつの章にまとめて、
「王都で三か月を過ごした」
みたいな一文を書いたことくらいだ。
せめて、あのとき自分が何を考えながら書いていたのか思い出せればいいんだけど。
記憶といえば、ミロたちのことも少しずつ思い出してきた。
こいつらは、次の大きな出来事までちゃんと残るキャラだ。
だからこそ、逆に印象が薄くて忘れていたんだろう。
ともかく、頭を痛めながらも、ようやくこの先の流れと、自分が何をすべきかの筋道が見えてきた。
この物語の次の大きなイベントは、空の城の墜落だ。
次に起こる戦いの中で、エリアスは他の兵士たちと共に、空に浮かぶ城へ乗り込んで制圧を試みる。
だが、その名の通り、その混乱の中で城は墜落してしまう。
そして――
その墜落で、ミロは死ぬ。
……どうやって死ぬのかは、はっきり思い出せないけど。
このイベントの後から、何人かの重要人物も登場する。
ヴェラもその一人だ。
まあ、空の城に上る時が来るまでは、特に大きく動く必要はないはずだ。
できればこの世界が、村のときみたいに俺にちょっかいを出してこないことを願いたい。
心臓がもたない。
とにかく、俺が今一番やるべきことは――
ミロを死なせないことだ。
正直に言うと、ミロの死は、俺が書いた中でもかなり意味の薄い死のひとつだった。
本当に物語に何の影響も与えなかった。
だからこそ、俺自身すっかり忘れていたんだろう。
それに、俺はもうこの物語を書き直すと決めていた。
なら、ミロを救うことが、その最初の一歩になるはずだ。
これまでの俺は、ただ物語の流れに身を任せていただけだったから。
……
今、俺は何をしてたんだっけ?
……
ああ、思い出した。
セドラームの話に戻ると、昨日ようやくあいつは諸々の問題を片付け終えた。
見るからに疲れ切っていて、目の下には隈、顔色も悪かった。
問題というのは、俺がこの寮に加わった件だけじゃない。
ミロとボルレンが捕まえてきたあの盗賊たちの件もあった。
どうやらあれは本来、別の寮の担当していた事件だったらしい。
なのに、ミロがその話を聞きつけて、勝手に飛び出していったのだ。
「その件は再び裁判所に持ち込まれた。本来の処分は、寮の等級降格だった」
セドラームはそう言ったあと、深いため息をついた。
「だが、うちの寮はこれ以上下げようがない。だからお前たちには、今後永久にディラ川周辺の巡回任務が課せられることになった」
「だが、それはおかしい! 我々は正義を執行したんだぞ! それでこの扱いなのか!?」
「黙れ! 行動する前に少しは考えろ!」
「考えたさ! すべて綿密に計画されていた!」
「俺、あのとき一緒にいなかったんだけど……それでも行かなきゃダメ?」
「処分は寮全員に対するものだ、リアム。お前もだ」
そして、セドラームは俺の方を向いた。
「エリアス、お前もだ。来たばかりだろうと関係ない」
「じゃあ、俺はパン屋の近くを担当する」
「そこ、めちゃくちゃ多くない?」
「全部担当する」
「明日から全員、街へ出て任務だ! 休みは終わりだ!」
――というわけで、今日から巡回が始まった。
さて。
この長々とした独白で、俺が何を言いたいのか。
簡単だ。
“巡回”――いや、散歩している最中に、かなり面白いものを見つけた。
俺が担当した区域は、かなり開けていて、日差しを避けられる場所がほとんどなかった。
おそらくエリアスの体は、あの村の環境のせいで日光にかなり弱くなっている。
だから俺は必死になって、隠れられる日陰を探していた。
とはいえ、ただ日陰に隠れていればいいわけじゃない。
俺は任務中だ。
だから、人目からも隠れられる場所が必要だった。
幸い、少し探してみると、ディラ川にかかる橋のひとつの下が、ちょうど身を隠すのに良さそうだと気づいた。
なかなか便利な構造をしている。
だが、橋に近づいたとき――
小さな声が聞こえた。
歌のような、祈りのような、そんな声だった。
体を低くしてそっと覗いてみると、そこには小柄な少女がいた。
全身を覆う暗い色のローブをまとい、フードで顔を隠している。
「いけ……いけ……もう少し……」
そう言いながら、彼女は両手を突き出し、一本のガラス瓶に向けていた。
――魔法を使おうとしてるのか? すごいな……
そう思ったものの、次の瞬間にはがっかりした。
少女はなおも力を込め続け、やがて――
「……何も、起きない……?」
いや、それはこっちが聞きたい。
細かい理屈までは覚えていないにしても、少なくともそういうやり方じゃないことくらいはわかる。
だが、少女はへこたれなかった。
拳をぎゅっと握りしめ、むしろ意志を新たにしたように言った。
「もう一回!」
……さすがに見ていられなくなって、俺は口を挟んだ。
「一回でも、二回でも、何回やっても同じだ」
「――っ!?」
「そのやり方を続けてる限り、絶対に成功しない」
「だ、誰なのよあなた!?」
誰か、か。
さて。
こんな小さな女の子、俺の物語には出てこなかったはずだ。
なら、わざわざ“エリアスらしく”振る舞う必要もない。
どうせ影響はない。
……少しくらい、遊んでもいいか。
俺は大きく微笑み、優雅に一礼して名乗った。
「この世界の創造主、エリアスだ」




