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筆記と整備と、乗る試験

 試験の前の日、空がまだ暗いうちに、窪地の上に荷車が並んだ。


 父さんが、職人仲間に声をかけて集めてくれたのだ。ヨハンおじさんをはじめ、町の工房の親方たちが6人。大きな荷車を2台、太い木の梁でつないで1台にして、馬を4頭つけてある。


「こんなでかいもん、一晩で組んだの?」


「職人を何人集めたと思ってる」


 父さんはそれだけ言って、縄の結び目を確かめていた。


 僕はスイレンに乗って窪地を出て、荷車の上にそっと体を横たえた。大人たちが、すぐに布をかけて縄を回していく。


「受かんなかったら、承知しないからね」


 見送りに来たエルマが、荷車の横で腕を組んでいた。


「スイレンが取られたら、あたしの秘密の場所、ただの穴になっちゃうんだから」


「うん、受かってくる」


「受かったら、帰ってきたとき罠1個だけ減らしてあげる」


「1個だけなんだ」


 エルマは笑って、荷車が見えなくなるまで手を振っていた。


 都までの道は、ずっと平らだった。布をかけたスイレンの足先が荷車からはみ出していて、すれ違う人たちが、みんな振り返って見ていく。


「坊主、こいつを本当にお前が動かしたのか」


 親方の1人が、手綱を握ったまま聞いてきた。


「うん、エルマと2人で直して」


「たまげたな、トーマ、お前の倅(せがれ)はとんでもねえぞ」


 父さんは前を向いたまま、「知ってる」とだけ言った。


 僕は布をかけたスイレンのほうを向いた。顔が熱い。僕を褒められるより、父さんがあんなふうに言うほうが、ずっと落ち着かなかった。


◇


 都アクエルに着いたのは、日が傾きかけたころだった。


 白い石の町だった。どの通りにも水路が流れていて、ハーヴの水路よりずっと広い。小舟が荷を積んで行き来し、橋の上では人がひっきりなしにすれ違っている。


 町のいちばん奥、ゆるやかな丘の上に、大きな建物が見えた。


 王立機工院(おうりつきこういん)。


 石の壁がどこまでも続き、正面には刻機(こくき)がそのまま通れそうなほど大きな門がある。門の上には、使いの人の胸にあったのと同じ、歯車と波の紋章が掲げられていた。


 スイレンを門の中へ預けると、父さんたちは荷車を引いて引き返しはじめた。


「俺たちは門の外までだ、宿で待ってる」


 父さんは、僕の頭にぽんと手をのせた。


「いつもどおりやれ」


◇


 次の朝、試験を受けに来たのは30人ほどだった。


 広い部屋に入ると、見上げる顔ばかりだった。15、6の人が多く、大人に見える人もいる。机の間を通って席につくと、あちこちからくすくす笑う声がした。


 そうなるよね、と思っておくことにした。


 でも、机の向こうの人と目が合うのは嫌だった。子どもの手を見られないように、膝の上へ引っこめた。


 隣の席に、女の子が座った。


 僕と同じくらいの年に見えた。淡い金色の髪をきっちり編んで、背中に垂らしている。紺色の動きやすそうな服を着て、背筋がまっすぐのびていた。


「あなたも、受けるの?」


「うん、リオ、ハーヴから来た」


「ミアよ」


 ミアは机の上に、ペンを3本、きっちり平行に並べた。


「周りの人がささやいてたわ、あなた、噂の鉄人(てつじん)を直した子でしょう」


「噂、都まで来てるんだ……」


「試験は試験よ、噂で点はもらえないわ」


 僕が答えかける前に、ミアは平行に並べたペンの先をそろえた。目はもう、試験官が来るほうへ向いている。


「わたしは、自分の腕で受かりに来たの、家には反対されてるけど」


 それきり、ミアは口を閉じた。


 筆記の試験は、半分が刻機の部品の名前と、直す順番を答えるものだった。こっちは、すらすら書けた。父さんの工房で見てきたことと、窪地で手を動かして覚えたことばかりだ。


 困ったのは、残りの半分だった。


「刻機を作ってはならない理由を書け」


 昔、作った刻機が暴走して、大きな災いが起きたから。それは知っている。けれど、そのあとに「定められた年と、その条文を書け」と続いていた。


(そんなの、知らない)


 前の子の記憶をいくらめくっても、出てこなかった。横を見ると、ミアのペンは一度も止まらずに動いていた。


◇


 昼からは、整備の試験だった。


 広い中庭に、受験者の持ちこんだ機体や部品が並べられる。その真ん中に、スイレンが横たわっていた。


 試験官たちが集まってくる。そのうちの1人、白いひげの年とった職人が、スイレンの前で足を止めた。


「……古い型だな、こんな形のは、記録でしか見たことがない」


 試験官は膝をつき、僕の彫った溝を指でなぞった。父さんと同じ手つきだった。


「これは、誰に習って彫った」


「誰にも、ほかの機体の線を見比べて、つないだだけです」


 試験官は、しばらく何も言わなかった。周りの受験者たちが、ひそひそと話しはじめる。さっきまでのくすくす笑いとは、少し違う声だった。


 整備の課題は、機工院の機体の手首の軸を外して、錆を落として、組みなおすことだった。縄の物差しもてこもいらない。ちゃんとした道具がそろっているのは、ありがたかった。


 隣の台では、ミアが同じ課題に取り組んでいた。外した部品を布の上に、外した順にきっちり並べている。


 手は僕より遅い。けれど、組みなおした軸には、ひとつのずれもなかった。


 ミアは最後の部品を戻してから、軸をもう一度確かめた。僕は先に手を止めていたけれど、横の台の仕事も、つい最後まで見てしまった。


 早く終わったぶんだけ、少し得意になっていた。こんなに丁寧に戻された軸を見ると、それだけでは勝った気になれなかった。


◇


 最後は、乗る試験だ。


 中庭の端に、機工院の機体がずらりと並べられた。肩の張った、いつもの形の刻機だ。受験者は1人に1機ずつ割り当てられ、スイレンはそのあいだ預けられることになった。


 試験官が声を張り上げる。


「乗る試験では、順番に課題をこなしてもらう、そして最後に、何人かには、この国でいちばん強い機体と手合わせをしてもらう」


 受験者たちが、ざわっとした。


「ヴァルドさまの機体だ」


 誰かが小声で言った。


 始まる前に、少しだけ慣らしの時間がもらえた。僕は自分の機体で指と腕を動かしてから、胸の部屋を出た。


 隣の機体が、おかしな動きをしていた。


 ミアの機体だった。ミアは取っ手を握り、乗り手に伝わる決まり文句を、1行も飛ばさずにきちんと唱えている。


 腕を上げようとして、肘のところでがくんと止まる。もう一度上げる。


 また止まる。胸の部屋の中で、ミアが唇をかんでいるのが見えた。


 ミアの機体の溝を、淡い青の光が流れていく。胸から肩へ、まっすぐに、勢いよく。けれど肘の手前の、きゅっと鋭く曲がった角で、光があふれて、ちらちらと散っていた。


 まっすぐ、勢いよく流れる水を、急な曲がり角のある水路に通したみたいだった。


(あの角じゃ、ミアの流れが曲がりきれないんだ)


 角を丸く削れば、通る。


 試験官たちは、中庭の反対側で順番の相談をしている。


 勝手に手を出していいわけがない。それは分かっていた。


 ミアがまた腕を上げる。光は同じ角で散り、腕は同じところで止まった。


 あの丁寧な整備も、止まらなかったペンも、ここでは役に立ってくれない。機体が合わないだけで、自分の腕を見せられずに終わるのか。


 僕は、荷物の中から即席の彫り刀を取り出した。


 ミアの機体の腕によじのぼる。肘の手前の、鋭い角。


 手本は、いらない。どう流れたいのかは、さっきの光が教えてくれた。


 彫り刀を当てる。


 細い金属のくずが、くるりと丸まって落ちた。


「ちょっと、何してるの」


 胸の部屋から、ミアが顔を出していた。目をまんまるにして、僕と彫り刀を見比べている。


「ちょっと直してる、すぐ終わるから」


「直してるって、それ、機工院の機体よ」


 ミアの声が、だんだん小さく、鋭くなった。


「規則違反よ」


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