窪地の部品で直そう
次の日から、僕は毎日のように窪地へ通った。
「エルマの罠を見に行ってくる」
母さんにはそう言って家を出る。嘘ではない。
窪地へ行く途中で、ちゃんとエルマの罠も見て回っている。ついでのほうが大きいだけだ。
母さんの顔を思い出すと、胸がちょっと痛む。それでも、今日こそあの指が直るかもしれないと思うと、足は止まらなかった。
朝の窪地は、ひんやりと静かだった。底の水たまりでは白い花がひらいていて、斜面の上から差しこむ光が、苔の上でちらちら揺れている。細い1機は、あの日と同じ姿勢で座りこんでいた。
「おはよう」
思わず声をかけてしまって、エルマに笑われた。
「あんた、刻機にあいさつしてんの?」
「なんとなく」
まずは、細い1機の体を上から下まで調べるところから始めた。
どこが傷んでいて、どこが無事なのか。小枝で地面に機体の形を描き、指と膝のところに印をつけた。
紙も鉛筆もないけれど、直す順番を考えるにはこれで足りる。小さくなった手でも、図面を描くときのくせは抜けなかった。
傷んでいるのは、思っていたより少なかった。右手の人差し指の節が1つ割れている。
左の膝の軸が、錆びついて回らない。あとは、胸と肩の板がところどころへこんでいるくらいだ。
(古いわりに、丈夫すぎないか、こいつ)
◇
部品は、ほかの機体からもらうことにした。
けれど、ここで困った。細い1機とほかの機体では、形がまるで違う。ほかの機体の指はずんぐりと太くて、そのままでは、とてもはまりそうにない。
「どうすんの、それ」
「測る」
僕はエルマに縄を1本借りて、結び目をいくつも作った。結び目と結び目の間が、ちょうど僕の手のひらひとつ分。これを物差しのかわりにする。
細い1機の割れた節の太さを測る。それから、ほかの機体の指を1本ずつ測っていく。
外の形が違うなら、中を比べてみよう。壊れた指の節を外し、軸に縄を当てる。
ほかの機体でも、同じ場所に結び目が重なった。太い指でも細い指でも、節をつなぐ軸の太さはほとんど変わらない。
「あった、これなら合う」
「あんた、そうやって何でも測るの?」
「測らないと、合うかどうか分からないから」
問題は、重さだった。
節ひとつでも、僕の体よりずっと重い。10歳の腕では、持ち上げるどころか、引きずるのがやっとだ。
そこで、前の世界の知恵を借りる。
戦の跡から、折れた剣の柄を引きずってきた。刻機の剣だから、柄だけでも僕の背丈の倍はある。それを倒れた機体の腕にかけて、片方の端に節をのせ、もう片方に2人でぶら下がった。
ぐっ、と節が浮く。
「うそ、上がった!」
「てこっていうんだ、ここを支えにする、僕らがぶら下がるほうを長くすれば、小さい力でも上がるんだ」
「なにそれ、魔法?」
「魔法じゃないよ」
エルマは目をまるくして、それから、自分の縄と僕の顔を見比べた。
僕は、つい得意になった。魔法よりすごいものを見せたみたいで、柄にぶら下がっているのも苦にならなかった。
「これ、罠に使えそう」
(そっちに使うのか)
節を入れ替えるのに2日。錆びた膝の軸は、エルマが持ってきた獣の脂を何日もかけてしみこませ、縄を木の幹に回して少しずつ引いて、やっと回るようになった。
◇
残るは、模様だった。
削れて途切れた溝を、もう一度彫り直す。手本は、ほかの機体に残っている線だ。考え方は同じだから、途切れたところの前と後ろを見れば、どうつながっていたのかは見当がつく。
ところが、エルマの小刀では歯が立たなかった。刃先が金属の上をつるりと滑って、浅い引っかき傷がつくだけだ。
「あたしの小刀、刃こぼれさせないでよ」
「ごめん、もうやめとく」
もっと硬いものなら削れるはずだ。僕は戦の跡を歩き回って、刻機の剣の欠片を探した。
刃の先が割れて、細く尖ったものがひとつ見つかった。これをエルマの小刀の柄に縄できつく巻きつけて、即席の彫り刀にする。
今度は、削れた。
細い金属のくずが、くるりと丸まって落ちる。前の世界で、模型に細い溝を彫ったときと同じ手ごたえだった。
まずは、右腕だけにする。胸の真ん中から肩へ、肩から肘へ、手首を通って人差し指の先まで。いちばん長くて、いちばん分かりやすい1本の道だ。
削っては指でなぞり、手本の溝に戻って幅と深さを確かめる。途切れる前の線と、途切れた先の線。
そこをつなぐつもりが、刃を少し傾けただけで違うほうへ行きそうになる。僕は彫り刀を持ち直した。
エルマは最初のうち、横で僕の手元をのぞいていた。
「ねえ、それ、ほんとに意味あるの? 飾りを彫り直しても、動くようにはならないでしょ」
「飾りじゃなかったら?」
「じゃあ何なのさ」
「それを、今から確かめるんだよ」
エルマは「ふうん」とだけ言って、そのうち斜面に寝転がってしまった。
動くとこを見たいと言ってくれたのに、飽きられたら困る。早く動かしたい気持ちをこらえて、僕は刃先を確かめた。急いで変な道を彫ったら、そのほうが困る。
その日の昼過ぎ、エルマが立ち上がった。
「ちょっと罠、仕掛けてくる、そこの斜面、ウサギの通り道なんだ」
なんとなく気になって、僕も彫り刀を置いてついていった。
エルマは斜面のふもとにしゃがみこみ、地面に右の手のひらをぺたりと当てた。そして、目を閉じる。
聞いたことのない言葉が、エルマの口からこぼれはじめた。歌のような、お祈りのような、不思議な響きの言葉だ。
1行、2行、3行。エルマは区切りながら、ゆっくり唱えていく。
最後の1行を唱え終えたとき、手のひらの下で、土がふわりとふくらんだ。
固く締まっていた地面が、そこだけ、掘り返したばかりのようにやわらかくなっている。
「……魔法だ」
「土をゆるめるだけの、ちっちゃいやつだよ、ここに落とし穴を掘るの」
エルマは、少し疲れたように息をついた。
「父ちゃんに教わったけど、何て言ってるのかは、あたしも知らない、昔からこう唱えるんだって」
「疲れるの?」
「うん、魔力を使うからね、使いすぎると、くたくたになる」
僕はやわらかくなった土と、その上の手のひらを見比べた。エルマは何も運んできていない。
それでも、触れて唱えたところだけ土が変わった。体の中から外へ出したもの――魔力を使ったのだ。
その魔力を、刻機へ送れたら?
胸の真ん中から、枝分かれして、関節へ。
途切れたら、その先へは届かない。
頭の中で、窪地の線の図と、今見たものが重なった。
◇
右腕の最後のひと彫りを終えたのは、夕方だった。
斜面の影が、窪地の底まで長くのびている。僕は細い1機の肩によじのぼり、彫り直したばかりの溝の始まりに、右の手のひらを当てた。
「エルマ、さっきの言葉、最初のところだけ教えて」
「え、いいけど、あんた魔法使えるの?」
「分からない、だから試すんだ」
エルマが、最初の1行をゆっくり口にする。
僕はそれを、そのまま繰り返した。
手のひらが、じんわりと温かくなった。
体の奥から、何かが押し出されてくる。続きを唱えなくても分かった。もう、流れはじめている。
僕は息を整えて、その流れを、細く、細くしぼった。溝の幅に合わせるように。
溝の中を、淡い青い光が走った。
肩から肘へ。
肘から手首へ。
僕が彫ったとおりの道を、一筋の光が、迷わずに下りていく。
そして、人差し指の先で、ふっと止まった。
斜面の下で、エルマが口をあけたまま固まっていた。
「ちょっと、今の、1行しか唱えてないよね!?」
返事をするのも忘れて、僕は光が通っていった道を見つめていた。
やっぱりそうだ。
この道を流れるのは、魔力だ。




