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18/19

話がある

 本戦の3日目は、朝から空が高かった。


 川から吹いてくる風が、闘技場の旗をばたばたと鳴らしている。石の段は、まだ朝のうちから半分ほど埋まっていた。予選の日より、ずっと人が多い。


 闘技場の門の脇の紙には、名前が4つだけ残っていた。僕とヴァルドの線は、まだ反対の端にある。どちらからたどっても、行き着くのは、いちばん上の1本だった。


 準決勝は2つ。先に僕の試合、そのあとにヴァルドの試合だ。


「き、今日勝ったら、明日は、もう決勝だよ」


 ノアは紙を見上げたまま、前掛けのすそを握りしめていた。


「ノアのほうが、緊張してない?」


「し、してる、すごくしてる」


 控えの小屋のスイレンは、昨日と同じように座りこんでいた。左の膝は、ノアが夜のうちに磨きなおしたらしい。昨日ミアの剣を受け止めた跡が、肩の板にうっすら残っているだけだった。


◇


 準決勝の相手は、左腕に大きな丸い盾をつけた刻機(こくき)だった。


 盾の陰に胴を隠し、剣の先だけをのぞかせて、じりじりと前へ出てくる。


 リオは、溝の光を見た。

 盾の腕が、明るく太い。

 剣の腕は、それより細い。

 そして、腰の光がいちばん細かった。


(向きを変えるのが、遅い)


 盾の機体が、剣で小さく突いてきた。


 細い光。

 軽い突きだ。


 リオは剣で払った。

 相手は深追いせず、すぐに盾の陰へ戻る。


(待ってる)


 スイレンのほうから打ってくるのを、盾で受けて、押し返すつもりなのだ。


 リオは、打たなかった。

 砂の上を、ゆっくりと横へ回る。

 盾の機体も、盾をこちらへ向けたまま、向きを変えてついてくる。


 少し、遅れて。


 しびれを切らしたのは、相手のほうだった。

 盾の腕の光が、どっと明るくなる。


 盾の機体が、盾ごと体当たりに来た。


 スイレンは、ぶつかる寸前で右へ流れた。

 腰が、思ったところでぴたりと回る。


 相手は盾の向きを変えようとした。

 けれど、細い光が腰を渡りきるまで、胴がついてこない。


 リオは、もう相手の背中側に回っていた。


 スイレンの肩を、相手の脇腹にあてる。

 長い脚で、ひと息に押しこむ。


 重い機体が、盾の重さに引っぱられるように傾いた。

 そのまま、横倒しに砂の上へ倒れた。


「それまで」


 角笛が鳴った。


◇


 胸の部屋から出ると、石の段のあちこちで、誰かがスイレンの名前を口にしていた。昨日、ミアに勝ったあとで、ノアが聞かれるたびに答えていたらしい。


「細いのに、速いな」


「スイレンっていうんだと」


 あの細いの、と呼ばれていた機体が、名前で呼ばれている。僕はスイレンを振り返ってから、声のした石の段を見た。口のはしが、勝手に上がってしまった。


 僕の名前を呼ばれるより、うれしいかもしれない。窪地で2人だけが呼んでいた名前を、知らない人まで覚えてくれたのだ。


 柵のそばへ戻ると、ノアの隣にミアが立っていた。


「次は、あの人ね」


 ミアの目は、砂地の向こうの大きな扉に向いていた。


 扉が開いて、地面がずしんと鳴った。


 黒に近い、深い藍色の機体が出てくる。コクウだ。


 全身の溝に、いっせいに青い光が灯った。網の目の水路全部に、いっぺんに水が満ちたような光だった。


◇


 コクウの相手は、長い柄の斧を持った大きな機体だった。


 前の年にも本戦まで残った乗り手らしい。

 斧を構えた姿に、迷いがない。


 角笛が鳴った。


 斧の機体は、コクウの胸の左ばかりを狙った。

 肩の板と胴の板の、つなぎ目のあたりだ。


「あの人も、胸の左を狙ってる」


 リオがつぶやくと、隣でミアが言った。


「あなたが当てたところでしょう、噂になってるもの、機工院の子どもが、コクウの胸に当てたって」


 コクウは、斧を2度、3度と剣で受け流した。

 半歩も下がらない。


 それから、大きく振りかぶった。


 光が、右の肩へどっと集まる。


 リオは、胸の左のつなぎ目を見た。

 試験の日、そこだけ青が薄くなった場所を。


 光は、薄くならなかった。


 つなぎ目の上を、青い線がまっすぐに渡っていく。

 ほかの溝と同じ明るさのまま、途切れもしない。


 斧の機体が、そこへ斧の先を突き入れた。


 斧の先は、つなぎ目の上ですべって、そらされた。


 コクウの剣が振り下ろされた。

 斧が、相手の手から離れて、砂の上を転がった。


「それまで」


 始まってから、ほんの少ししかたっていなかった。


◇


 石の段がわいている。でも、僕の耳には、その声がひどく遠くに聞こえた。


(ずれが、ない)


 試験の日、指が1本入るかどうかのすき間があったところが、きれいにふさがっていた。


「あ……」


 隣で、ノアが小さな声を出した。


「試験の何日かあとだよ、ぼく、部品を運んでて見たんだ、職人頭たちが、夜までコクウの胸の板に灯りを当てて、何かしてた」


「彫り直したんだ」


 僕は、コクウから目を離さずに言った。


 試験の日、あの人は、コクウの胸へ届いた剣を見ていた。弱いところが分かれば、直す。僕がスイレンの腰を直したように、コクウも直されたのだ。


 僕はつなぎ目をもう一度見た。試験の日の光を重ねようとしても、今の青い線は、同じ明るさのまま渡っていく。


 試験と同じ手は、もう使えない。


 直すのは当然だ。僕だって直した。


 なのに、そこだけは残しておいてほしかった。自分に都合のいいことばかり考えている。そう分かっても、ほかの手が見えなかった。


 コクウの胸の部屋から、ヴァルドが降りてきた。こちらを見たかどうかは、分からなかった。そのまま、大きな扉の奥へ歩いていった。


 柵を握る指に、力が入った。光は今も読めるし、スイレンは、試験の日の借りた機体より速い。なのに、明日どこへ剣を出せばいいのか、思い浮かばなかった。


「そんな顔、しないで」


 ミアだった。


「わたしに勝った人が、すき間ひとつなくなったくらいで、下を向かないで」


 ミアは、組み合わせの紙のほうへ目をやった。いちばん上で、線が1本になるところだ。


「……明日、勝ちなさいよ、わたしに勝ったんだから」


 ミアは編んだ髪をひるがえして、行ってしまった。昨日の、落ちた剣を抱えていた手を思い出す。柵を握っていた僕の指が、少しゆるんだ。


「ミ、ミア、かっこいいね」


「うん」


 ノアは、しばらく黙ってコクウの消えた扉を見ていた。それから、ぽつりと言った。


「で、でも、スイレンだって、試験の日の機体じゃないよ」


「分かってる」


 強く言いすぎた。僕よりノアのほうが、その部品を長く見ていたのに。


「腰も、膝も、指も、直したんだ、だから、その……」


 ノアは続きを言えずに、前掛けのすそをいじった。2人で何度も確かめたところばかりだ。僕は控えの小屋のほうを見たけれど、それが明日の答えになるのかは、まだ分からなかった。


 僕はもう一度、コクウの胸の左を思い出した。ふさがったすき間。光は、どこも同じ明るさで流れていた。


 すき間がないなら、どうすればいいのだろう。


◇


 闘技場の門を出たところで、聞きおぼえのある大きな声がした。


「おーい、リオ! おったおった!」


 ヨハンおじさんだった。声も体も大きいから、人ごみの中でもすぐに分かる。


 そして、その隣に、父さんが立っていた。


「父さん!」


「ヨハンの荷車に乗せてもらった、部品を納めるついでだ」


 父さんは、いつもの穏やかな声で言った。


「準決勝、上から見てた」


「見てたの?」


「ああ」


 父さんは、それ以上は言わなかった。いつもなら僕の顔を見てくれる目が、門の向こうへ向いている。さっきまでコクウが立っていた砂地を、じっと見ていた。


 それから、僕のほうへ向き直った。


「宿は、川べりの古い宿だ、今夜、来られるか」


「うん、行く」


「話がある」


 父さんの声は、穏やかなままだった。でも、試験の日の門の外で、黙りこんだときと同じ目をしていた。


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