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慰めじゃないよ

 両肩の光が、同じだけ明るい。


 ミアの機体の剣は、高く掲げられたまま止まっていた。

 リオが動けば、その先へ来る。


 取っ手に力をこめても、後ろへは下がれない。


(肩を見ても、もう分からない)


 リオは、肩から目を離した。


 見るのは、その少し先。

 肘だ。


 ミアの機体の右の肘の手前には、試験の日にリオが削った角がある。

 鋭く折れていた線を、ゆるやかな弧にした。

 ミアのまっすぐな流れが、そこで散らないように。


 刃を入れては、指でなぞった弧だ。

 光がどう曲がり、どれくらいの速さで抜けるのか。

 リオは肩ではなく、自分の削ったところを見た。


 肩の光は、見せかけにもできる。

 灯して、そのまま消せばいい。


 けれど、本当に剣を振るなら、光は肘を越えなければならない。

 あの弧を通らずに、腕は動かない。


(肘を越えたら、本物だ)


 肩より先の肘で見るぶん、光が見えてから剣が来るまでが短い。

 それでも、スイレンなら間に合う。


 ミアの機体の右肘で、弧の内側が、ふっと明るくなった。


(右だ)


 リオはスイレンを左へ沈めた。

 腰が、思ったところでぴたりと回る。


 剣が、スイレンの肩の上をかすめて、石の壁を打った。


 がん、と壁が鳴る。


 リオはその横をすり抜けて、壁から離れた。


 石の段が、どっとわいた。


「抜けたぞ」


「今の、どうやってかわしたんだ」


 リオは振り返らずに、砂地の真ん中まで走った。

 背中に壁がなければ、どちらへでも動ける。


 息を整える。

 取っ手を握る手のひらが、汗でぬれていた。


(落ち着け、見るところは分かった)


 試験の日から、いちばん先に光る肩ばかり見ていた。

 早く読もうとするほど、その光に目が行く。


 灯っただけでは、剣は来ない。

 先に見えたものが、答えとは限らない。


 窪地で、スイレンの溝を1本ずつなぞったころを思い出した。

 線には、通らなければならないところがある。

 そこだけは、ごまかせない。


◇


 ミアの機体が、ゆっくりとこちらへ向き直った。


 右肩が、明るく光る。

 肘の弧は、暗いまま。


(見せかけ)


 リオは動かなかった。


 右肩の光が、すうっと消えた。

 剣は、来なかった。


 左肩が光る。

 肘の弧は、暗い。


 動かない。


 左肩の光も、消えた。


 それから、右肘の弧が明るくなった。


 リオは剣を立てた。

 今度は、来た。

 受け止める。


 砂の上で、2機がにらみ合った。


「……気づいたのね」


 ミアの声が、胸の部屋から聞こえた。


「肘でしょう、あなたが削ったところ」


「うん」


 ミアは少しのあいだ黙った。


 それから、ミアの機体の両肩から、光がすっと消えた。

 見せかけを、やめたのだ。


 ミアの機体が、剣を正面に構え直した。

 足を開く。

 腰を落とす。


 試験の日、太い杭をまっぷたつに割った構えだった。


「だったら、まっすぐ行くわ」


 右肩に、光が灯った。

 今度は、消えない。

 どんどん明るく、太くなっていく。


 ミアのいちばん強い打ちこみが来る。


 明るい光は、受けずにかわす。

 それが、リオの決まりだった。


(でも、かわしたら、また同じだ)


 かわせば、また追いこまれる。

 ミアは何度でも、同じことをやってくる。


 リオは、もう1つ知っていた。


 肘の角を丸くしたのは、ミアの流れが途中で止まらないようにするためだ。

 ミアの流れは、まっすぐで勢いがある。

 いちばん強く打つとき、光は止まらずに、ひと息で剣の先まで駆け抜ける。


 指に残しておく光ごと、持っていかれるほどに。


 剣と剣がぶつかる一瞬。

 練習で残してきた指の光も、そこだけは薄くなる。


(受ける)


 リオは、スイレンの足を開いた。


 光が、肩から肘の弧へ。

 弧を抜けて、手首へ。


 ミアの機体の剣が、まっすぐ振り下ろされた。


 リオはそれを、真正面から受けた。


 がああん、と闘技場じゅうに音が響いた。


 取っ手から、腕の骨まで、重さが突き抜ける。

 スイレンの左膝に、ずしりと体重がのる。


 ノアの削った軸は、揺れなかった。


 ぶつかった剣の向こうで、ミアの機体の光が、剣の先へ駆けこんでいく。


 指の溝が、一瞬だけ暗くなった。


(今)


 リオは受けた剣を、相手の剣にそわせたまま、手もとへすべらせた。

 流れを、針の先ほどにしぼる。


 人差し指が、柄に最後まで巻きついている。

 剣の先は、ぶれない。


 細い突きが、ミアの機体の指のつけ根を打った。


 ミアの剣が、宙に浮いた。


 くるりと回って、砂の上に落ちた。


 石の段が、しんとした。


「それまで」


 角笛が、長く鳴った。


 一拍おいて、石の段が割れるような声でいっぱいになった。

 誰かが、古い型の名前をたずねていた。

 誰かが、あの女の子もすごかったと言っていた。


◇


 胸の部屋から這い出すと、石の段から降ってくる声が、ようやく耳に入ってきた。


 ミアは、自分の機体の前に立っていた。砂の上の剣を、じっと見下ろしている。


 僕が近づくと、ミアは顔を上げなかった。


「……指、薄くならないように、毎晩練習したのよ」


「うん、全然薄くならなかった、びっくりした」


「最後の1回で、薄くなったじゃない」


 最後の言葉だけ、ミアの声がふるえた。僕は落ちた剣を見てから、答えた。


「あれは、ミアがいちばん強く打ったからだよ、強く打つと、光が全部、剣の先へ行くんだ」


「知ってるわよ、そんなこと……今、分かったけど」


 ミアは、ぎゅっと唇をかんだ。


「あなたが丸くした角で、杭を割って、試験に受かって、あなたが丸くした角のせいで、あなたに負けたのよ」


 僕は、何も言えなかった。


 ミアは、落ちた剣を見下ろしたまま、両手を握りしめていた。編んだ髪の先が、小さく揺れている。


 しばらくして、ミアは大きく息を吸った。


「悔しい」


 その声は、はっきり聞こえた。ミアは目を大きく開けたまま、まばたきをしなかった。


 僕も、すぐには口を開けなかった。負けたとき、当てたじゃないかと言われても悔しかったのを思い出す。すごかった、だけでは足りない気がした。


 それから、ミアは僕に背を向けて、自分の機体の膝に手を当てた。


「この子、ちゃんと動いたわよね、わたし、最後まで、ちゃんと乗れてたわよね」


「うん、壁まで追いこまれたの、試験のとき以来だった」


 ミアは振り向かなかった。機体の膝に当てた手はそのままで、張っていた肩だけが少し下がった。


「肩を灯すだけで、あんなに動かされるなんて思わなかった、肘を見なかったら、僕が負けてた」


「慰めならいらないわ」


「慰めじゃないよ、本当のことだよ」


 ミアは、ようやくこちらを向いた。目のふちが赤かった。


「……次に当たるときは、肘の光も隠してみせるから」


「できるの?」


「できるようになるのよ」


 また戦うつもりでいてくれる。ほっとしたのに、次は本当に見えなくなるかもしれなくて、少し困った。ミアの前で、そんな顔をしていたくなかった。


 そう言って、ミアは落ちた剣を拾い上げた。両手で、大事そうに抱えていた。


 控えの小屋のほうから、ノアが走ってくるのが見えた。僕の前で足を止めると、息を切らしたままスイレンの左膝を見上げた。


「ひ、膝、揺れなかった、ね!」


「うん、ノアの軸が、受け止めた」


 ノアは、また前掛けで顔をごしごし拭いた。


「ぼ、ぼく、柵のそばで見てたんだ、最後、受けたでしょう、真正面から、あそこで膝が崩れたらどうしようって、息が止まりそうだった」


「崩れないって、分かってたから受けたんだよ」


「わ、分かってたの?」


「ノアが3本削って、2本捨てた軸だもの」


 ノアの口が、声も出さずに動いた。それから前掛けのすそを握って、今度は顔を拭かなかった。


 そんなに心配だったのか。頼もしいと思っていた軸を、ノアは祈るように見ていたんだ。勝ったよと先に言うより、膝を一緒に見上げていたかった。


 僕は、組み合わせの紙のほうを振り返った。左の端から伸びる線は、もう半分より上まで来ている。


 右の端から伸びる線も、同じように上ってきているはずだった。


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