読めない
ミアとの試合は、次の日の朝いちばんだった。
前の晩、機工院の寮へ戻ってから、僕は眠れなくて外へ出た。
乗り手の練習の広場に、灯りが1つだけついていた。その下に、機工院の機体が1機立っている。暗がりでも、肩の張った形には見覚えがあった。
ミアの機体だった。
機体は剣を高く振りかぶって、振り下ろして、途中でぴたりと止めた。また振りかぶって、振り下ろして、止める。何度も、何度も、同じ振りをくり返していた。
遠くて、溝の光までは見えなかった。何を確かめているのかも、分からなかった。
声をかけようとして、足を止めた。明日戦う相手の練習を、いつまでも見ていていいのか。剣がまた振り上がるのを見てから、僕はそっと寮へ引き返した。
◇
朝、控えの小屋で、僕はスイレンの膝に油をさすノアの手もとを見ていた。ノアは昨日の夜も、ここで膝と指を磨いていたらしい。
「ミ、ミアの機体って、試験のときに君が彫った、あの機体だよね」
「うん、肘の手前の角を、丸くしたやつ」
「じゃあ、君には、全部見えちゃうんじゃない?」
僕はうなずいた。ノアの前だと、分からないところがあるとは言いにくかった。
「たぶん、ほかの誰の機体より、よく見える」
「ず、ずるくない?」
「ずるいかもしれない、でも、見えちゃうものは見えちゃうんだ」
ノアは困ったような顔で笑って、また膝を磨きはじめた。
ミアの流れは、まっすぐで勢いがある。肩から肘へ、肘の丸い角を抜けて、手首へ、剣の先へ。ためらうところが1つもない。
角を削ったのは僕だから、光がそこをどう曲がるのかも知っている。予選では、背中ごしにずっとあの光を見ていた。
「でも、ミアもそれを知ってるんだ」
昨日の柵ごしの声が、耳に残っていた。全部知ってることも、知ってるから。
知っていて、それでも挑んでくる。ゆうべの広場で、ミアの剣は何度も同じところで止まっていた。
僕には、あそこで何を確かめていたのか分からない。ノアが磨く膝を見ながら、暗い広場の灯りを思い出していた。
砂地の入り口で、ミアと並んだ。ミアはまっすぐ前を見たまま、こちらを見なかった。
「手加減したら、許さないから」
「しないよ」
「あなたが直してくれた機体で、あなたに勝つの、それができなかったら、わたしはいつまでも、あなたに直してもらった乗り手のままだもの」
僕はうなずいて、砂地を見た。直してあげた、なんて顔をしたら、きっともっと怒るだろう。
少し前まで自分がそんな顔をしていた気がして、恥ずかしくなった。今日は、僕だって負けたくない。
◇
砂地の真ん中で、2機の刻機が向かい合った。
細く、腕も脚も長いスイレン。
肩の張った、機工院のミアの機体。
石の段は、昨日よりずっと静かだった。
いちばん年下の2人が、本戦の3回戦で当たる。
それを見に来た人たちだ。
砂地のはしの柵には、ノアがしがみついていた。
今日は、控えの小屋にこもっていなかった。
「始め」
角笛が鳴った。
ミアは、まっすぐ来た。
光が右肩に灯る。
肘の丸い角を、するりと抜ける。
手首へ。
(上から、まっすぐ)
リオはスイレンを半歩ずらした。
剣が、すぐ横の砂を打つ。
2撃目。
光は、また右肩から。
今度は、横から。
リオは剣で受けた。
重い。
けれど、ノアの軸を入れた左膝は、少しも揺れなかった。
3撃目、4撃目。
どれも読めた。
ミアの光には、迷いがない。
走りだしたら、そのまま剣の先まで届く。
(このまま待てば、大振りが来る)
予選で何度も見た。
大きく振りかぶると、光が肩へ集まる。
そのぶん、指の光が薄くなる。
そこへ細い突きを入れれば、剣は落ちる。
5撃目。
ミアの機体が、剣を高く振りかぶった。
光が、右肩へどっと集まる。
リオは指を見た。
光は、薄くならなかった。
剣の柄を握る指の溝に、青い光が太く残っている。
肩に集めながら、指にも流しつづけている。
(指を、空けてない)
突きを入れかけた手を、リオは止めた。
振り下ろされた剣を、スイレンの剣でかろうじて受け流す。
「予選で、何回も見せてもらったもの」
ミアの声が、胸の部屋から聞こえた。
「指が薄くなったところを突くんでしょう、だから、薄くしないようにしたの」
リオは息をのんだ。
ゆうべの広場の灯りが、よみがえった。
振りかぶって、振り下ろして、止める。
指に光を残すための練習だったのだ。
予選から、まだ2日しかたっていない。
ミアが振る剣は、前と変わらずまっすぐだった。
変わったのは、握りだけ。
(さすがだ、でも)
光は、まだ読める。
どこから来るかさえ分かれば、負けはしない。
待っていても、指は空かない。
なら、こちらから行く。
リオはスイレンを前へ出した。
長い脚で、ひと息に間をつめる。
右から打つと見せて、左へ回りこむ。
ミアの機体は、追ってこなかった。
足を開いたまま、剣を体の正面に立てて、その場で向きだけを変える。
スイレンの剣が、まっすぐ立てた剣に当たって、はね返された。
もう一度。
今度は低く。
それも、受けられた。
ミアの機体は、足を開いた場所から動かない。
向きを変えるたび、剣がスイレンとの間へ戻る。
追っても、低く打っても、崩れない。
教わったとおりの守りを、ミアは守り通していた。
(崩れない、真面目な構えだ)
リオは、一度スイレンを下げた。
6撃目。
ミアの右肩に、光が灯った。
今までよりも、ずっと明るく、太い。
(受けるな)
リオはスイレンを左へ跳ばせた。
剣は、来なかった。
右肩の光は、そのまますうっと消えていった。
(来ない?)
かわりに、左の腕に細い光が走った。
低い。
スイレンの右の足首へ。
かわしたばかりの足は、すぐには動かない。
かつん、と剣の先が足首を打った。
軽い。
けれど、スイレンの体が、ぐらりと傾いた。
リオは右脚に流れを寄せて、なんとか立て直した。
「明るい光は受けないで、逃げるのよね」
ミアの声は、落ち着いていた。
「試験のときも、予選のときも、そうしてた」
明るい光が来たら、受けずにかわす。
コクウとの手合わせで覚えたことだ。
ミアは、それを見ていた。
7撃目。
また、右肩が明るく光った。
(本物か、見せかけか)
リオは、取っ手を動かしかけて止めた。
本物なら跳ぶ。
見せかけなら、その場に残る。
決めるより先に、光が腕を走った。
今度は、本物だった。
重い打ちこみを、剣でまともに受ける。
スイレンの足が、砂の上を後ろへすべった。
8撃目は、見せかけだった。
9撃目は、本物だった。
明るい光が灯るたび、リオは跳ぶか受けるかを選ばされた。
選ぶたびに、少しずつ遅れた。
遅れるたびに、後ろへ下がった。
石の段が、ざわざわと揺れはじめた。
「あの細いの、押されてるぞ」
「昨日はあんなに速かったのにな」
ミアは、追いかけてこなかった。
明るい光を灯すだけで、スイレンを好きな方へ動かしていた。
右へ跳べば、左から細い打ちこみが来る。
受けて止まれば、次の明るい光が灯る。
跳んだ足が砂をつかむと、もう次の剣が来ている。
スイレンは速い。
その速さで逃げる場所を、ミアに選ばされていた。
読んでるつもりで、読まされてる。
さっきノアにうなずいた自分が、急に腹立たしくなった。
ミアは、知っているつもりのところを、ちゃんと見ていた。
背中に、何かが当たった。
砂地のはしの、石の壁だった。
試験の日と、同じだ。
コクウに追いこまれた、あの中庭の壁。
ミアの機体が、ゆっくりと剣を振りかぶった。
右肩に、光が灯る。
左肩にも、光が灯る。
両方が、同じだけ明るい。
同じだけ太い。
剣は両手で握られていて、どちらの腕から振り下ろされるのか、まるで分からない。
指の光は、太いままだ。
石の壁に背をつけたまま、リオは取っ手を握りしめた。
(読めない)




