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16/19

読めない

 ミアとの試合は、次の日の朝いちばんだった。


 前の晩、機工院の寮へ戻ってから、僕は眠れなくて外へ出た。


 乗り手の練習の広場に、灯りが1つだけついていた。その下に、機工院の機体が1機立っている。暗がりでも、肩の張った形には見覚えがあった。


 ミアの機体だった。


 機体は剣を高く振りかぶって、振り下ろして、途中でぴたりと止めた。また振りかぶって、振り下ろして、止める。何度も、何度も、同じ振りをくり返していた。


 遠くて、溝の光までは見えなかった。何を確かめているのかも、分からなかった。


 声をかけようとして、足を止めた。明日戦う相手の練習を、いつまでも見ていていいのか。剣がまた振り上がるのを見てから、僕はそっと寮へ引き返した。


◇


 朝、控えの小屋で、僕はスイレンの膝に油をさすノアの手もとを見ていた。ノアは昨日の夜も、ここで膝と指を磨いていたらしい。


「ミ、ミアの機体って、試験のときに君が彫った、あの機体だよね」


「うん、肘の手前の角を、丸くしたやつ」


「じゃあ、君には、全部見えちゃうんじゃない?」


 僕はうなずいた。ノアの前だと、分からないところがあるとは言いにくかった。


「たぶん、ほかの誰の機体より、よく見える」


「ず、ずるくない?」


「ずるいかもしれない、でも、見えちゃうものは見えちゃうんだ」


 ノアは困ったような顔で笑って、また膝を磨きはじめた。


 ミアの流れは、まっすぐで勢いがある。肩から肘へ、肘の丸い角を抜けて、手首へ、剣の先へ。ためらうところが1つもない。


 角を削ったのは僕だから、光がそこをどう曲がるのかも知っている。予選では、背中ごしにずっとあの光を見ていた。


「でも、ミアもそれを知ってるんだ」


 昨日の柵ごしの声が、耳に残っていた。全部知ってることも、知ってるから。


 知っていて、それでも挑んでくる。ゆうべの広場で、ミアの剣は何度も同じところで止まっていた。


 僕には、あそこで何を確かめていたのか分からない。ノアが磨く膝を見ながら、暗い広場の灯りを思い出していた。


 砂地の入り口で、ミアと並んだ。ミアはまっすぐ前を見たまま、こちらを見なかった。


「手加減したら、許さないから」


「しないよ」


「あなたが直してくれた機体で、あなたに勝つの、それができなかったら、わたしはいつまでも、あなたに直してもらった乗り手のままだもの」


 僕はうなずいて、砂地を見た。直してあげた、なんて顔をしたら、きっともっと怒るだろう。


 少し前まで自分がそんな顔をしていた気がして、恥ずかしくなった。今日は、僕だって負けたくない。


◇


 砂地の真ん中で、2機の刻機(こくき)が向かい合った。


 細く、腕も脚も長いスイレン。

 肩の張った、機工院のミアの機体。


 石の段は、昨日よりずっと静かだった。

 いちばん年下の2人が、本戦の3回戦で当たる。

 それを見に来た人たちだ。


 砂地のはしの柵には、ノアがしがみついていた。

 今日は、控えの小屋にこもっていなかった。


「始め」


 角笛が鳴った。


 ミアは、まっすぐ来た。


 光が右肩に灯る。

 肘の丸い角を、するりと抜ける。

 手首へ。


(上から、まっすぐ)


 リオはスイレンを半歩ずらした。

 剣が、すぐ横の砂を打つ。


 2撃目。

 光は、また右肩から。

 今度は、横から。


 リオは剣で受けた。

 重い。

 けれど、ノアの軸を入れた左膝は、少しも揺れなかった。


 3撃目、4撃目。


 どれも読めた。

 ミアの光には、迷いがない。

 走りだしたら、そのまま剣の先まで届く。


(このまま待てば、大振りが来る)


 予選で何度も見た。

 大きく振りかぶると、光が肩へ集まる。

 そのぶん、指の光が薄くなる。


 そこへ細い突きを入れれば、剣は落ちる。


 5撃目。


 ミアの機体が、剣を高く振りかぶった。

 光が、右肩へどっと集まる。


 リオは指を見た。


 光は、薄くならなかった。


 剣の柄を握る指の溝に、青い光が太く残っている。

 肩に集めながら、指にも流しつづけている。


(指を、空けてない)


 突きを入れかけた手を、リオは止めた。

 振り下ろされた剣を、スイレンの剣でかろうじて受け流す。


「予選で、何回も見せてもらったもの」


 ミアの声が、胸の部屋から聞こえた。


「指が薄くなったところを突くんでしょう、だから、薄くしないようにしたの」


 リオは息をのんだ。


 ゆうべの広場の灯りが、よみがえった。

 振りかぶって、振り下ろして、止める。

 指に光を残すための練習だったのだ。


 予選から、まだ2日しかたっていない。

 ミアが振る剣は、前と変わらずまっすぐだった。

 変わったのは、握りだけ。


(さすがだ、でも)


 光は、まだ読める。

 どこから来るかさえ分かれば、負けはしない。


 待っていても、指は空かない。

 なら、こちらから行く。


 リオはスイレンを前へ出した。

 長い脚で、ひと息に間をつめる。

 右から打つと見せて、左へ回りこむ。


 ミアの機体は、追ってこなかった。

 足を開いたまま、剣を体の正面に立てて、その場で向きだけを変える。


 スイレンの剣が、まっすぐ立てた剣に当たって、はね返された。


 もう一度。

 今度は低く。


 それも、受けられた。


 ミアの機体は、足を開いた場所から動かない。

 向きを変えるたび、剣がスイレンとの間へ戻る。


 追っても、低く打っても、崩れない。

 教わったとおりの守りを、ミアは守り通していた。


(崩れない、真面目な構えだ)


 リオは、一度スイレンを下げた。


 6撃目。


 ミアの右肩に、光が灯った。

 今までよりも、ずっと明るく、太い。


(受けるな)


 リオはスイレンを左へ跳ばせた。


 剣は、来なかった。


 右肩の光は、そのまますうっと消えていった。


(来ない?)


 かわりに、左の腕に細い光が走った。

 低い。

 スイレンの右の足首へ。


 かわしたばかりの足は、すぐには動かない。


 かつん、と剣の先が足首を打った。

 軽い。

 けれど、スイレンの体が、ぐらりと傾いた。


 リオは右脚に流れを寄せて、なんとか立て直した。


「明るい光は受けないで、逃げるのよね」


 ミアの声は、落ち着いていた。


「試験のときも、予選のときも、そうしてた」


 明るい光が来たら、受けずにかわす。

 コクウとの手合わせで覚えたことだ。


 ミアは、それを見ていた。


 7撃目。


 また、右肩が明るく光った。


(本物か、見せかけか)


 リオは、取っ手を動かしかけて止めた。

 本物なら跳ぶ。

 見せかけなら、その場に残る。


 決めるより先に、光が腕を走った。


 今度は、本物だった。


 重い打ちこみを、剣でまともに受ける。

 スイレンの足が、砂の上を後ろへすべった。


 8撃目は、見せかけだった。

 9撃目は、本物だった。


 明るい光が灯るたび、リオは跳ぶか受けるかを選ばされた。

 選ぶたびに、少しずつ遅れた。

 遅れるたびに、後ろへ下がった。


 石の段が、ざわざわと揺れはじめた。


「あの細いの、押されてるぞ」


「昨日はあんなに速かったのにな」


 ミアは、追いかけてこなかった。

 明るい光を灯すだけで、スイレンを好きな方へ動かしていた。


 右へ跳べば、左から細い打ちこみが来る。

 受けて止まれば、次の明るい光が灯る。


 跳んだ足が砂をつかむと、もう次の剣が来ている。


 スイレンは速い。

 その速さで逃げる場所を、ミアに選ばされていた。


 読んでるつもりで、読まされてる。

 さっきノアにうなずいた自分が、急に腹立たしくなった。

 ミアは、知っているつもりのところを、ちゃんと見ていた。


 背中に、何かが当たった。


 砂地のはしの、石の壁だった。


 試験の日と、同じだ。

 コクウに追いこまれた、あの中庭の壁。


 ミアの機体が、ゆっくりと剣を振りかぶった。


 右肩に、光が灯る。

 左肩にも、光が灯る。


 両方が、同じだけ明るい。

 同じだけ太い。


 剣は両手で握られていて、どちらの腕から振り下ろされるのか、まるで分からない。


 指の光は、太いままだ。


 石の壁に背をつけたまま、リオは取っ手を握りしめた。


(読めない)


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