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光が、先に走った

 大会の日の朝、都のはずれの闘技場は、人で埋まっていた。


 川べりに、石の段がぐるりと何重にも積まれている。その段に、水の国じゅうから来た人たちがぎっしり座っていた。真ん中の広い砂地を、これから刻機(こくき)が走りまわる。


 門の外には、荷車に横たえられた機体が列を作っていた。肩の張ったいつもの形もあれば、見たことのない色の板をつけた機体もある。


 スイレンは、闘技場の裏の控えの小屋にいる。ノアが前の晩、荷車を借りて運んでくれた。


「ね、念のため、だから」


 ノアはそう言って、小屋の前に座りこんだまま動かなかった。


 出られないと分かっているのに、運んでくれたんだ。ありがとうと言うと、本当に出番がないと認めるみたいで、僕は小屋の中をもう一度のぞいた。


 予選は4組で、1組に20機ほどいる。その全部が砂地へ入って、いっせいに戦う。最後まで立っていた4機だけが、本戦へ進める。


 倒れるか、武器を落としたら、そこで負け。武器は刃をつぶした剣や槍で、呪文を使ってもいい。


 僕が乗るのは、試験のときに借りた機体だった。肩が張っていて、スイレンよりずっと重たい。


 僕の名前は、3つ目の組にあった。同じ組に、ミアの名前もあった。


 ミアの機体も、試験のときと同じ1機だ。肘の手前には、僕が丸く削った角がある。


「同じ組ね」


 ミアは編んだ髪を、いつもよりきつく結び直していた。


「わたしの邪魔はしないでよ」


「うん、邪魔はしない」


 1つ目の組の戦いを、僕らは砂地のはしの柵ごしに見ていた。


 角笛が鳴ったとたん、砂地は機体でいっぱいになった。あちこちで剣がぶつかり、そのたびに石の段から声が上がる。


 始まってすぐに倒されたのは、どれも動きのぎこちない機体だった。強そうな機体ほど、まず弱そうな相手から片づけていく。


「……わたしたち、いちばん小さいわね」


 ミアが、ぽつりと言った。


 僕らは、たぶんこの大会でいちばん年下だ。柵の向こうでは、弱そうな機体へ次々に剣が向いている。あの中へ出たら、僕らもすぐに見つかる。


 2つ目の組では、背の高い機体が2機がかりで1機を挟みうちにしていた。挟まれた機体は、前と後ろから同時に打たれて、あっけなく砂に沈んだ。


(囲まれたら、終わりだ)


 ミアは柵を握ったまま、じっとその砂地を見つめていた。


◇


 角笛が鳴った。


 砂地のあちこちで、20機の機体がいっせいに動きだした。


 剣と剣がぶつかる音。

 盾が鳴る音。

 足もとの砂が、煙のように舞い上がる。


 リオは流れを細くしぼって、まわりを見た。


「まず、ちびの2人からだ」


 誰かの声がした。


 大きな機体が3機、リオのほうへ向きを変えた。

 少し離れたところでも、2機がミアの機体へ寄っていく。


 リオは下がった。

 下がった背中に、何かが当たった。


 ミアの機体の背中だった。


「下がりすぎよ」


「ミアこそ」


 それきり、2人とも前を向いた。

 機体の背中どうしが、ぴたりと重なる。


 背後を振り向かなくていい。

 ミアは邪魔をしないでと言ったけれど、今はその背中が離れるほうが怖かった。

 リオは、前の3機の光だけを追った。

 ミアの機体も、背中を離さずに構えている。


 ミアの正面の機体が、槍を構えた。

 その右肩の溝に、光が走った。


「右の槍、突いてくる」


 リオが叫ぶより早く、ミアの機体は半歩横へずれていた。

 槍が空を突く。

 ミアのまっすぐな打ちこみが、槍の柄を真上から叩いた。


 槍が、砂の上に落ちた。


 1機、負け。


 リオの正面でも、大きな機体が剣を振りかぶった。


 光が、右肩へどっと集まる。

 そのぶん、剣を握る指の光が、すうっと薄くなった。


(今、握りが弱い)


 リオは受けなかった。

 振り下ろされる前に、細くしぼった突きで、相手の手もとを打った。


 剣が、相手の指からすっぽ抜けた。


 2機目。


 剣を引くと、重たい腕がひと呼吸遅れて戻った。

 スイレンのつもりで動けば、打たれる。

 かわせないぶん、振り下ろされる前に打つ。


 試験のとき、最後の一撃で魔力を使い切った。

 同じことはしない。

 流すのは、打つ一瞬だけ。


 もう1機が、横から斧を振ってきた。


 光は、細かった。

 受けられる。


 リオは剣を立てた。

 がん、と腕に響く。

 重たい機体の足が、砂の上を後ろへすべった。


 背中が、ミアの機体に強くぶつかる。


(しまった)


 けれど、背中は崩れなかった。

 ミアの機体が、足を開いて踏んばっていた。


「押すなら、言いなさいよ」


「ごめん、助かった」


 リオは押し返してくる重さを、そのまま前へ返した。

 斧の機体がよろめく。

 その手首へ、細い突きを入れる。


 斧が、砂に落ちた。


 3機目。


 ミアの剣が、また1機の剣をはじき飛ばした。

 リオが読み、ミアが打つ。

 背中ごしに、声だけが行き来した。


「左、下から」


「分かってる」


 そのときだった。


 少し離れたところで、細い槍を持った機体が足を止めていた。

 胸の部屋から、長い決まり文句が聞こえてくる。


 その機体の溝に、光が集まりはじめた。

 腕へ、腕から槍の穂先へ。


 細い槍の先が、砂煙の向こうで青く輝く。

 今まで見たどの光よりも、明るく太い。


 穂先が、こちらを向いた。


「伏せて!」


 ミアは聞き返さなかった。

 2機が、同時に膝を折った。


 頭の上を、何かがうなりを上げて通りすぎた。


 水だった。

 槍の穂先から、太い水の柱がまっすぐ走っていた。


 水の柱は、2人の後ろから迫っていた大きな機体の胸に当たった。

 その機体は、どうっと後ろへ倒れた。


「今の、どうして分かったの」


「光が、先に走った」


 ミアは一瞬だけリオの機体を見た。

 それから、何も言わずに立ち上がった。


 砂煙が、少しずつ晴れていく。


 立っている機体は、6機になっていた。


 盾を構えた大きな機体が、ミアへ向かって突っこんでくる。

 ミアの打ちこみが、盾に当たってはね返された。


 盾の機体の光は、ほとんど左腕の盾に集まっている。

 そのぶん、脚の光が細い。


「ミア、盾は打たないで」


 リオは盾の機体の横へ回りこんだ。

 盾は、ミアの剣を受けた位置にあった。


 リオは借りた機体の重さを、肩へ乗せた。

 その肩ごと、相手の膝にぶつかる。


 脚の踏んばりがきかない機体は、ぐらりと傾いて、砂の上に横倒しになった。


 5機。


 水の柱を撃った機体が、もう一度、槍を構えようとしていた。

 けれど、溝の光がちらちらとまたたいて、そのまま消えた。


 乗り手の魔力が、尽きたのだ。


 機体はがくりと膝をつき、ゆっくりと前へ倒れていった。


 4機。


 角笛が、長く鳴った。


「それまで」


 砂の上に立っていた4機の中に、リオの機体と、ミアの機体があった。


◇


 胸の部屋から這い出すと、膝ががくがくした。


 それでも、試験のときとは違った。取っ手から手を離しても、体の奥の流れは、まだ少し残っている。


 石の段から、わあっと声が降ってきた。さっき、まずちびの2人からだと言われたのを思い出して、少しだけ笑いそうになった。


 ミアが、自分の機体から降りてきた。息は上がっているのに、背筋はまっすぐだった。


「あなた、ずっとしゃべってたわね」


「うるさかった?」


 ミアは少しだけ黙った。


「……全部、当たってた」


 それから、ふいっと横を向いた。


「でも、本戦で当たったら、手加減しないわよ」


「うん、僕も」


 闘技場の裏から、ノアが転がるように走ってくるのが見えた。両手をぶんぶん振っている。


「ふ、2人とも、残った、残ったよ!」


 ノアは僕らの顔を見比べて、息をついた。控えの小屋からでは、砂地はほとんど見えない。試合のあいだ、声だけを頼りに待っていたらしい。


 勝ったところを見せたかった。でも、ノアは何が起こったかも見えないまま、待っていたのだ。大丈夫だよと、今さら言いたくなった。


 ふと、石の段のいちばん上を見上げた。


 背の高い人影が、こちらを見下ろしていた。人影は、すぐに立ち上がって、段の向こうへ消えた。


 本戦は、明日から始まる。


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