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第九話 空白の四世紀・前編

第九話 空白の四世紀・前編



 音が、なかった。




 風もない。


 気配もない。


 時間の流れすら、感じられない。




「……ここは」




 トシノリは、思わず立ち止まる。




 白でもない。


 黒でもない。




 “何もない”空間だった。




「……未観測領域の、さらに奥だ」




 ルルの声が、わずかに低い。




「さらに奥……?」




「通常の歴史は、“誰かの記録”に基づいている」




 ルルはゆっくりと続ける。




「だが、ここは違う」




 一拍。




「記録そのものが、ほとんど存在しない」




 トシノリは、息を飲む。




「……それが」




「空白の四世紀」




 その言葉が、静かに響いた。




 ――三世紀から四世紀。




 確かに、日本の歴史は急に曖昧になる。




「中国の記録も、途切れる」




 ルルが続ける。




「魏の時代の記録以降、日本についての明確な記述が減る」




「……なんでだ」




「分からない」




 即答だった。




「だからこそ、“空白”なんだ」




 トシノリは、周囲を見回す。




 本当に、何もない。




「……でもさ」




「何だい」




「何もなかったってことは、ないだろ」




 ルルは、わずかに目を細めた。




「その通りだ」




「だよな」




「何かは、あった」




 一歩、前に出る。




「だが、それが“観測されなかった”」




「……」




「あるいは」




 ルルの声が、さらに低くなる。




「“観測できなかった”」




 トシノリの背筋に、寒気が走る。




「……どういう意味だ」




 その時だった。




 空間が、わずかに“揺れた”。




「……来る」




 ルルの声が、鋭くなる。




 何もなかったはずの空間に――




 “何か”が浮かび上がる。




 影ではない。




 だが、形がある。




 今まで見てきた“あれ”。




 だが――




 明らかに、違う。




「……でかいな」




 トシノリが呟く。




 圧倒的な存在感。




 空間そのものを歪めている。




「……あれが」




 ルルは、わずかに言葉を切る。




「この領域に干渉している存在だ」




「……観測の外側ってやつか」




「そうだ」




 その存在が、ゆっくりと動く。




 こちらを――




 “見ている”。




「……なんでだよ」




 トシノリの声が、少しだけ震える。




「なんで、こんなのがいるんだ」




「……仮説はある」




 ルルが、静かに言う。




「聞かせてくれ」




「この空白の四世紀」




 一拍。




「単に“記録がない”のではなく――」




 さらに低く。




「“記録できない何かがあった”可能性」




「……!」




 理解が、追いつかない。




「記録できないって……」




「人間の認識を超えた現象」




 その言葉が、重く落ちる。




「あるいは――」




 存在が、さらに近づく。




「記録しようとした者が、観測できなかった」




「……消されたってことか?」




「断定はできない」




 だが――




「否定もできない」




 トシノリは、息を呑む。




 歴史がないんじゃない。




 残せなかった可能性。




「……そんなの」




 言葉が、出ない。




「トシノリ」




 ルルが静かに言う。




「ここでの観測は、これまでとは次元が違う」




「……ああ、分かる」




「下手に干渉すれば」




 一拍。




「現在そのものに影響が出る可能性がある」




「……マジかよ」




 軽く言ったつもりだった。




 だが、声は笑っていなかった。




 その時。




 空間が、大きく歪んだ。




 何もなかったはずの場所に――




 景色が、浮かび上がる。




「……!」




 トシノリが目を見開く。




 そこには――




 集落。




 人々。




 だが――




 どこか、おかしい。




「……なんだ、これ」




 人々の動きが、ぎこちない。




 まるで――




 “何かに影響されている”ような。




「……通常の歴史じゃない」




 ルルが呟く。




「強い干渉を受けている」




 そして。




 その中心に――




 “あれ”がいる。




 人ではない存在。




 圧倒的な何か。




「……関わってるのか」




 トシノリが呟く。




「この時代に」




「可能性は高い」




 ルルの声が、低い。




「だからこそ、記録が残らなかった」




「……」




 トシノリは、拳を握る。




 ここは、今までと違う。




 ただの歴史の分岐じゃない。




「……ルル」




「何だい」




「これ……見たら」




 ルルは、静かに答えた。




「真実に近づく」




 一拍。




「だが――」




「……だが?」




「戻れなくなる可能性がある」




 その言葉が、重く沈む。




 トシノリは、目の前の光景を見る。




 歪んだ歴史。




 未知の存在。




 空白の理由。




「……俺は――」




 心臓の音が、大きくなる。




 ここが、分岐点。




 最大の選択。




 そして――




 物語の核心。


つづく

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