第十話 空白の四世紀・後編
第十話 空白の四世紀・後編
鼓動が、うるさい。
トシノリは、一歩踏み出した。
「……俺は、見る」
はっきりと言い切る。
迷いは、なかった。
「真実を、暴く」
ルルは、わずかに目を細めた。
「……後戻りはできない可能性がある」
「分かってる」
トシノリは前を見たまま答える。
「それでも――知らないままの方が、嫌だ」
その言葉が、空間に落ちた瞬間。
世界が、収束を始めた。
「……確定が始まる」
ルルの声が低く響く。
歪んでいた景色が、形を持つ。
ぼやけていた人々が、輪郭を取り戻す。
そして――
中心にいる“存在”が、はっきりと姿を現した。
「……っ!」
トシノリの息が止まる。
それは――
人ではない。
だが、完全に異形というわけでもない。
“形を持った意思”。
そう表現するしかなかった。
「……何だ、あれ」
声が震える。
だが、目は逸らさない。
「……観測の外側にある存在」
ルルが静かに言う。
「人間の歴史に、直接干渉している」
「……なんでだよ」
「分からない」
だが――
「一つだけ、見えてきたことがある」
一拍。
「この時代の“空白”は」
ルルの視線が、その存在に向けられる。
「“意図的に生まれた”可能性が高い」
「……意図的?」
トシノリの声が、低くなる。
その存在が、ゆっくりと動く。
人々の上に、影を落とす。
そして――
人々の動きが、変わる。
「……操ってるのか」
「支配、と言ってもいい」
ルルが答える。
「認識を歪め、記録を残させない」
「……!」
「つまり」
一拍。
「歴史そのものを、“観測不能”にしている」
トシノリは、歯を食いしばる。
「そんなこと……」
信じられない。
だが、目の前で起きている。
「……じゃあ」
ゆっくりと言う。
「このままじゃ、この時代はずっと空白のままってことか」
「その通りだ」
ルルの声は静かだった。
「誰も、真実を観測しない限り」
その言葉が、重く響く。
トシノリは、拳を握る。
そして――
前を見た。
「……なら」
一歩、踏み出す。
「俺が、見る」
その瞬間。
存在が、止まった。
明確に――
“反応した”。
「……来るぞ」
ルルの声が鋭くなる。
空間が、軋む。
圧力が、かかる。
だが――
トシノリは、止まらない。
「逃げない」
もう一歩。
「俺は、観測者だ」
視線を、逸らさない。
「だから――」
完全に、その存在を見据える。
「お前を、見る」
その瞬間。
世界が、弾けた。
光が、溢れる。
情報が、流れ込む。
見える。
見えてしまう。
この時代に何があったのか。
なぜ記録が消えたのか。
すべてが――
繋がる。
「……っ……!」
トシノリが、息を詰まらせる。
「これは……!」
人々は、支配されていた。
だがそれだけではない。
抵抗していた。
記録を残そうとしていた。
だが――
そのたびに、消される。
認識が、歪められる。
歴史が、書き換えられる。
「……これが、真実……」
ルルが低く呟く。
「……人は」
トシノリの声が震える。
「負けてたのか……」
「いや」
ルルは首を振る。
「完全には負けていない」
「……え?」
「だからこそ、“断片”が残っている」
一拍。
「完全に消すことは、できなかった」
トシノリは、息を荒くする。
見えすぎる。
分かりすぎる。
そして――
「……まずい」
ルルの声が、これまでで一番低くなる。
「何がだよ」
「観測しすぎた」
その瞬間。
存在が、大きく動いた。
こちらへ。
「……っ!」
トシノリの体が、すくむ。
「認識された」
ルルが言う。
「向こうに」
「……は?」
「君が、“観測した存在”として」
意味が分からない。
だが――
本能が理解する。
これは、やばい。
「トシノリ!」
ルルの声が響く。
「離脱する!」
「でも――!」
「もう十分だ!」
空間が、崩壊を始める。
歴史が、壊れる。
時間が、歪む。
「今なら、まだ戻れる!」
トシノリは、一瞬だけ迷う。
だが――
「……分かった!」
ルルの方へ、手を伸ばす。
その瞬間。
世界が、引き裂かれた。
光。
無音。
そして――
静寂。
気づけば。
白い空間。
何もない場所。
「……はぁ……はぁ……」
トシノリは、膝に手をつく。
「……戻った」
「ギリギリだった」
ルルが静かに言う。
「……見たな」
「……ああ」
トシノリは、ゆっくりと顔を上げた。
「見た」
空白の理由。
歴史の歪み。
あの存在。
「……なあ、ルル」
「何だい」
「これ……どうなるんだ」
ルルは、わずかに間を置いた。
「完全には、確定していない」
「……え?」
「君は“観測した”」
一拍。
「だが、“記録として残していない”」
トシノリは、息を止める。
「つまり」
「この真実は」
ルルが静かに言う。
「まだ、“世界には広がっていない”」
「……」
「君の中にだけ、ある」
重い言葉だった。
その時。
空間の奥で、あの存在が揺らぐ。
だが――
もう近づいてはこない。
「……終わりか」
トシノリが呟く。
「いや」
ルルが首を振る。
「これからが、本当の終わりだ」
「……?」
「最終話」
一拍。
「君が、この真実をどうするか」
トシノリの心臓が、強く鳴る。
「残すか」
「……」
「消すか」
白い空間が、静かに揺れる。
すべての選択の先。
物語の終着点。
トシノリは、ゆっくりと拳を握った。




