表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

第六話 九州編・後編(邪馬台国)

第六話 九州編・後編(邪馬台国)



 風が、止んだ。




 空気が、張り詰める。




 祭祀の場は、静寂に包まれていた。




 人々は頭を垂れ、誰も顔を上げない。




 中心にいる“存在”だけが、この場のすべてを支配している。




「……感じるかい」




 ルルが、低く言う。




「……ああ」




 トシノリは、小さく答えた。




 見えてはいけない。




 だが――




 確かに“いる”。




 その存在感が、空間そのものを歪めていた。




「卑弥呼……」




 名を口にした瞬間。




 空気が、わずかに震えた。




「名前を意識するだけでも影響が出る」




 ルルが静かに言う。




「ここは、それほど“近い”」




 トシノリは、息を整える。




 ここで見れば――




 すべてが決まる。




「……九州か」




 一歩、前に出る。




「それとも……」




 頭の中に、別の景色が浮かぶ。




 大和。畿内。奈良。




 見たことのないはずの風景が、なぜか輪郭を持つ。




「……こっちもあるのか」




「ある」




 ルルが即答する。




「どちらも“可能性”として存在している」




「……ふざけてるな」




 思わず笑いが漏れる。




「どっちも正しいってことかよ」




「観測されるまでは、そうだ」




 冷静な声。




 だが、その奥にはわずかな緊張があった。




 トシノリは、ゆっくりと目を閉じる。




 考える。




 どちらを選ぶか。




 どちらが正しいか。




 だが――




「……違うな」




 ぽつりと呟いた。




「何がだい」




「これ……正解選ぶ話じゃない」




 ルルは何も言わない。




 ただ、続きを待つ。




「俺がどっちを“決めるか”の話だ」




「……」




「でもさ」




 トシノリは、ゆっくり目を開く。




「それって、おかしくないか」




「どういう意味だい」




「何百年も議論されてきたことを」




 一歩、また前へ。




「俺一人が決めるって」




 風が、わずかに動く。




 人々の気配が揺れる。




「……確かに」




 ルルが静かに言う。




「傲慢かもしれない」




「だろ」




 トシノリは小さく笑う。




「そんなの、無理だ」




 視線を、祭祀の中心から外す。




 あえて。




「……俺は」




 深く息を吸う。




「決めない」




 静寂。




「どっちでもいい、じゃない」




 はっきりと言う。




「どっちも、残す」




 その言葉が、空間に落ちた瞬間。




 世界が、大きく揺れた。




「……トシノリ」




 ルルの声が、わずかに変わる。




「それは――」




「観測しない」




 遮るように言う。




「ここを見ない」




 中心を、見ない。




 卑弥呼を、確定させない。




 場所も、決めない。




「それが、俺の選択だ」




 次の瞬間。




 祭祀の音が、崩れる。




 人々の気配が、霧のようにほどけていく。




 景色が、消える。




「……成功だ」




 ルルが、静かに言った。




 気づけば――




 また、あの白い空間。




 何もない、未観測の領域。




 トシノリは、大きく息を吐いた。




「……これで」




「邪馬台国の位置は、未確定のままだ」




 ルルが続ける。




「君は、“決めなかった”」




「……ああ」




 少しだけ、肩の力が抜ける。




「なんか……疲れた」




「当然だ」




 ルルは淡々と答える。




「君は今、歴史の分岐に関わった」




「……大げさだな」




「事実だ」




 短い言葉。




 だが、否定はできなかった。




 しばらく、沈黙。




 やがて――




「……でもさ」




 トシノリが呟く。




「これでよかった気がする」




「なぜそう思う」




「分かんないけど」




 少し考えて、言う。




「誰か一人が決めるもんじゃない気がするんだよな」




「……」




「歴史ってさ」




 遠くを見る。




「みんなで考えてきたものだろ」




 ルルは、わずかに目を細めた。




「興味深い」




 短い評価。




 だが、確かな肯定。




 その時だった。




 空間の奥で、何かが“揺れた”。




「……またか」




 トシノリが呟く。




 だが――




 今度は違う。




 影ではない。




 もっと、はっきりしている。




 形を持っている。




 人のようで――




 だが、違う。




「……ルル」




「……見えている」




 ルルの声が、低くなる。




「あれは……」




 それは、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。




 音はない。




 だが、確実に近づいている。




「……何なんだよ、あれ」




「分からない」




 ルルが、初めてそう言った。




「ただ一つ言えるのは――」




 一拍。




「“観測の外側”にいる存在だ」




「……外側?」




 理解が追いつかない。




 だが、本能が告げている。




 これは――まずい。




「トシノリ」




 ルルが静かに言う。




「次の観測に移る」




「え?」




「ここに留まるべきではない」




 その瞬間。




 空間が、大きく歪んだ。




 光が、流れる。




 景色が、切り替わる。




「……どこだ、次は」




 トシノリが問う。




 ルルは、ゆっくりと答えた。




「鎌倉」




「……鎌倉?」




「源義経」




 その名が、静かに響く。




「彼は、本当に死んだのか」




 トシノリの心臓が、高鳴る。




 また、“生と死”の境界。




「トシノリ」




 ルルが言う。




「次は、さらに曖昧だ」




「……どういうことだ」




「“死んだことになっている者”ほど」




 一拍。




「未観測の可能性が広がる」




 世界が、完全に切り替わる。




 新たな歴史の入口。




 トシノリは、ゆっくりと拳を握った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ