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第四話 近江屋事件・後編

第四話 近江屋事件・後編



 足音が、階段を上がってくる。




 一歩ずつ。


 確実に、こちらへ。




 トシノリは、息を潜めた。




 障子の向こう。


 そこに“いる”。




「……これが」




 小さく呟く。




「坂本龍馬が、殺される夜……」




 ルルは何も答えない。




 ただ、静かに状況を見ている。




 部屋の中には、灯りが一つ。




 揺れる火が、影を歪ませる。




 そして――




 奥に、座っている人影。




 無防備に見える。


 だが、その空気はどこか張り詰めていた。




「あれが……」




「そうだ」




 ルルが静かに言う。




「坂本龍馬」




 トシノリの喉が、乾く。




 昼間に見た説明板の文字が、頭に浮かぶ。




 だが今、目の前にいるのは――




 “本物”だ。




 足音が、止まった。




 障子の前。




 わずかな沈黙。




「……来る」




 ルルの声が、低くなる。




 次の瞬間。




 ――ガラッ。




 障子が、開いた。




 影が、流れ込む。




 速い。




 誰なのか、分からない。




 顔も、形も、曖昧だ。




「……っ!」




 トシノリは、思わず一歩踏み出しかける。




「見るな」




 ルルの声が、鋭く止める。




「今、観測すれば――」




「分かるんだろ……!」




 トシノリの声が震える。




「誰がやったか……!」




 刃が、閃く。




 短い衝突音。




 荒い息。




 混乱。




 だが――




 まだ、決定的な瞬間は来ていない。




「トシノリ」




 ルルが、はっきりと言う。




「これは選択だ」




「……っ」




「見れば、確定する」




 一拍。




「見なければ、可能性は残る」




 障子の向こうで、影が動く。




 一人ではない。




 複数。




 だが――誰かは分からない。




「……歴史では」




 トシノリは、かすれた声で言う。




「犯人は、はっきりしてないんだよな」




「そうだ」




「じゃあ……」




 拳を、強く握る。




「ここで見たら」




「君が、“決める”ことになる」




 その言葉が、重く落ちる。




 音が、やけに鮮明に聞こえる。




 息。


 足音。


 刃の擦れる音。




 すべてが、現実だった。




「……俺が、決める……」




 トシノリの視線が、障子の隙間に向く。




 ほんの少し、覗けばいい。




 それだけで。




 歴史は、確定する。




 だが――




「……嫌だ」




 小さく、だがはっきりと呟いた。




「……俺は、決めたくない」




 ルルは、何も言わない。




 その選択を、ただ受け止めている。




「龍馬は……」




 トシノリは続ける。




「誰か一人に殺されたんじゃないかもしれない」




「……」




「いろんな思惑が重なって、ああなったのかもしれない」




 障子の向こうで、何かが倒れる音。




 重い、音。




「それを……」




 トシノリは、目を閉じた。




「俺が、一つに決めるなんて……できない」




 静寂。




 そして――




「……いい選択だ」




 ルルが、静かに言った。




 次の瞬間。




 音が、遠ざかる。




 気配が、消えていく。




 光が、歪む。




 世界が、ほどけるように崩れた。




 気づけば――




 また、あの白い空間だった。




「……終わったのか」




「いや」




 ルルは首を振る。




「何も終わっていない」




「……え?」




「君は、“確定させなかった”」




 その言葉が、静かに響く。




「つまり」




 一拍。




「この事件は、今も“未観測のまま”だ」




 トシノリは、息を吐いた。




「……そっか」




 少しだけ、肩の力が抜ける。




「なあ、ルル」




「何だい」




「これで、よかったのかな」




 ルルは、わずかに目を細めた。




「正解はない」




「……」




「だが」




 静かに続ける。




「君は、“選ばなかった”という選択をした」




「……ああ」




「それもまた、一つの意思だ」




 白い空間に、わずかな揺らぎが走る。




「……またか」




 トシノリが呟く。




 遠くに、何かが滲む。




 形にならない影。




「……来る」




 ルルの声が、低くなる。




「次の観測だ」




「次は……どこだ」




 トシノリが問いかける。




 その時。




 空間に、ゆっくりと“何か”が浮かび上がる。




 地形。




 山。




 そして――海。




「……九州か?」




 ルルは、小さく頷いた。




「次は、“場所”の謎だ」




「場所……?」




「卑弥呼」




 その名が、静かに響く。




「邪馬台国」




 トシノリの鼓動が、高鳴る。




 今度は、“人”ではない。




 “場所”の観測。




「トシノリ」




 ルルが、静かに言う。




「次は、もっと難しい選択になる」




「……どういうことだ」




「どこを観るかで――」




 一拍。




「歴史そのものが、変わる」




 白い空間が、大きく揺らぐ。




 世界が、切り替わる。




 その瞬間。




 トシノリは、無意識に拳を握った。


つづく

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