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第二話 本能寺の変・後編

第二話 本能寺の変・後編



 炎は、まだ消えていなかった。




 焼け落ちた柱の間を、熱気がうねる。




 さっきまで確かに“そこにいた”はずの気配は、もうない。




「……本当に、終わったのか」




 トシノリは、かすれた声で言った。




「織田信長は、確定した」




 ルルは静かに答える。




 その声音は、第一話と変わらない。


 だが――どこか距離を測るようでもあった。




「なあ、ルル」




「何だい」




「俺たち……なんで、ここに来たんだっけ」




 ルルは、ほんのわずかに目を細めた。




「君が望んだからだ」




「……俺が?」




「“教科書ではなく、本物の歴史を見たい”と」




 トシノリは、言葉を失う。




 確かに、そんなことを思った気がする。




 だが――




「……こんな形で、かよ」




 拳が、わずかに震えた。




 ルルは何も言わない。




 ただ、焼け跡を見つめている。




「……なあ」




 トシノリは、ゆっくり顔を上げた。




「信長ってさ、本当にここで死ぬしかなかったのか?」




「可能性は一つではない」




 即答だった。




「え?」




「先ほど君も見ただろう」




 ルルは続ける。




「彼は“死んでいない状態”にあった」




「……ああ」




「つまり――」




 一拍。




「生き延びる可能性も、同時に存在していた」




 トシノリの心臓が、強く打つ。




「……じゃあ」




「だが、君が観測した」




 ルルは静かに言った。




「その瞬間に、“死”が確定した」




 沈黙。




 炎の音だけが、響く。




「……だったら」




 トシノリは、低く言う。




「別の場所なら、違う結果になるのか?」




 ルルの視線が、わずかに動いた。




「どういう意味だい」




「ここじゃなくて――」




 トシノリは周囲を見渡す。




「“逃げた後”を観測したら」




「……」




「信長が、生きてる未来を見たら――」




 言葉が、途中で止まる。




 その先を言うのが、少し怖かった。




 ルルは、しばらく黙っていた。




 やがて、ゆっくりと口を開く。




「理論上は、可能だ」




「……!」




「ただし」




 その声は、いつもより低かった。




「それは“別の歴史”になる」




「別の……」




「君が知っている歴史とは、分岐する」




 トシノリは、息を呑む。




「……戻れなくなるのか」




「場合によっては」




 短い答えだった。




 だが、十分すぎるほど重い。




「……なあ、ルル」




「何だい」




「君は、どっちが正しいと思う?」




「どっち、とは」




「決まってる歴史か……それとも、変えられる歴史か」




 ルルは少しだけ考えるように間を置いた。




 そして――




「正しいかどうかではない」




 静かに言う。




「どちらも“存在する”だけだ」




「……」




「ただ」




 ルルは続ける。




「どちらを観測するかは、君が選ぶことになる」




 風が吹く。




 灰が、空へ舞い上がる。




「……俺が、選ぶのか」




「そうだ」




 迷いのない声だった。




 トシノリは、しばらく黙っていた。




 やがて――




「……まだ、分からない」




 正直に言った。




「それでいい」




 ルルは即答する。




「すぐに答えを出す必要はない」




「……そうか」




「だが」




 一瞬、言葉を切る。




「次の観測は、もう始まっている」




「え?」




 その瞬間。




 空気が、変わった。




 炎の匂いが、消える。




 代わりに――




 冷たい夜の気配。




「……ここは」




 見覚えのない部屋。




 障子。


 畳。


 静まり返った空間。




 そして――




「……人の気配がする」




 階下から、足音。




 複数。




 急いでいる。




「ルル……これって」




 ルルは、静かに答えた。




「近江屋だ」




「……!」




「坂本龍馬が、暗殺される夜」




 トシノリの心臓が、大きく跳ねた。




「……もう、始まってるのか」




「観測は連続する」




 ルルの声は、変わらない。




「止まることはない」




 足音が、階段を上がってくる。




 一歩ずつ、確実に。




「トシノリ」




「……何だい」




「今回は、どうする」




 あの時と同じ問い。




 だが――重みが違う。




 トシノリは、ゆっくりと息を吸った。




 そして――




 視線を、障子へ向ける。


つづく

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