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第一話 本能寺の編・前編

――その瞬間を、見てみたいと思った。




 教科書でしか知らない歴史が、


 本当にその通りに起きたのかを。




 その結果が――これだ。




 炎が、揺れていた。




 本能寺は、すでに半分以上が崩れ落ちている。




 熱気が肌を刺す。


 息をするだけで、喉が焼けるようだった。




「……見えてる」




 トシノリは呟いた。




 炎の向こう。


 確かに、“誰か”がいる。




「……それ以上、見てはいけない」




 静かな声だった。




 だが、はっきりとした制止の響きを持っていた。




「どうしてだよ……あそこにいるの、信長なんだろ?」




「――まだ、確定していない」




「……確定?」




 意味が分からない。




 それでも、視線は離せなかった。




 揺らめく炎の奥で、その人影がゆっくりと動く。




 焼け落ちた柱の影。


 舞い上がる火の粉。




 その隙間から、顔が見えた。




 鋭い眼差し。


 揺るがない意志。




 静かに、こちらを見ている。




 ――織田信長。




「トシノリ」




 ルルの声が、わずかに強くなる。




「目を逸らすんだ。今なら、まだ間に合う」




 しかし――




 視線が、離れない。




 まるで引き寄せられるように。




 そして、その瞬間。




 トシノリと、その人物の目が、完全に合った。




 ――カチリ。




 何かが、噛み合ったような感覚。




「……あ」




 次の瞬間。




 炎が一気に吹き上がる。




 轟音。




 崩れ落ちる天井。




 その人影は、激しい炎に飲み込まれた。




「……消えた」




 トシノリの声が震える。




 ただ、見ただけだった。




 それなのに。




「……終わった」




 ルルが静かに言った。




「織田信長は、今、確定した」




「今……?」




 トシノリは振り返る。




「歴史では、とっくに死んでるはずだろ……?」




「いいや」




 ルルはわずかに首を振った。




「先ほどまで、彼は“死んでいなかった状態”にあった」




「そんなの……」




「信じがたいのは分かる」




 ルルは炎の跡を見つめたまま言う。




「だが、君は見ただろう」




「……」




 答えられなかった。




 確かに見た。


 あの目を。


 あの瞬間を。




「トシノリ」




 静かな声が落ちる。




「君が観測した」




「……俺が?」




「そうだ」




 否定しようとした言葉が、喉で止まる。




 あの瞬間、確かに“何かが決まった”感覚があった。




「……じゃあ、俺が……殺したっていうのかよ」




 絞り出すような声。




 ルルは少しだけ間を置いた。




「結果としては、そうなる」




「そんなの……」




 拳が震える。




「俺は何もしてない。ただ見ただけだ」




「この世界では、“見ること”が意味を持つ」




 ルルの声は、変わらず静かだった。




「それが“観測”だ」




 炎は、ほとんどすべてを焼き尽くしていた。




「……じゃあさ」




 しばらくして、トシノリは言う。




「見なければ、助かったのか?」




 わずかな沈黙。




「……可能性はあった」




「っ……!」




「ただし、それは“確定していない未来”に過ぎない」




「……どういうことだよ」




「誰かがいずれ観測する」




 ルルはゆっくりと続ける。




「その時、結果は収束する」




「じゃあ……意味ないじゃないか」




「いいや、意味はある」




 初めて、わずかに強い響きが混じった。




「“いつ、誰が確定させるか”によって、未来は変わる」




「……」




「わずかずつだが、確実に」




 炎が、小さく弾けた。




 トシノリは言葉を失う。




「……ルル」




「何だい」




「君は……何者なんだ」




 ルルは少しだけ目を細めた。




 だが、その表情は崩れない。




「観測者、ではない」




「え?」




「正確には――観測という現象を、理解している側だ」




「……余計わからないよ」




「そうだろうね」




 ルルは淡く言った。




「だが、いずれ理解する時が来る」




 風が吹く。




 焼け跡の灰が、空へ舞い上がる。




「トシノリ」




 ルルは静かに続けた。




「君は、もう観測した」




「……」




「つまり――歴史に関わったということだ」




 その言葉が、重く沈む。




「これから先、君は選ぶことになる」




「何を……?」




 ルルの視線が、まっすぐ向けられる。




「どの歴史を観るのかを」




 わずかな間。




 そして――




「あるいは、“観ない”という選択も含めて」




 トシノリの鼓動が、大きく跳ねた。

挿絵(By みてみん)

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