第三話 禁じられた森
レオンは森へ入った。
村の入り口を出てから、しばらく歩いた。
振り返れば、まだ村が見える。
それでも森の中へ進むほど、人の気配は遠ざかっていった。
「……静かだな」
昼間だというのに、鳥の声がほとんど聞こえない。
風が木々を揺らす音だけが、森の中に響いている。
レオンは弓を手にしたまま、地面へ目を向けた。
「……あった」
小さな足跡。
赤ずきんが履いていた靴と同じ大きさだ。
「ここを通ったんだな」
レオンは足跡を追い始めた。
しばらく進む。
足跡は細い獣道へ続いていた。
その途中で、レオンは何度も周囲を確認した。
妙だった。
森に入ってから、動物の気配がほとんどない。
まるで何かを恐れて、森の奥から逃げているようだった。
「……嫌な感じだな」
レオンは歩みを止めた。
目の前の木に、深い傷がついている。
「爪痕……?」
そのすぐ下には、狼の足跡が残っていた。
「……あの狼か」
レオンは足跡を見る。
狼の足跡は、赤ずきんの足跡を追うように続いていた。
「襲ったなら、もっと荒れてるはずだ」
地面には争った跡がない。
赤ずきんの足跡も、途中までは乱れていなかった。
「じゃあ……追っていただけ?」
レオンは首を傾げる。
昨日の赤ずきんの言葉を思い出す。
――狼は、私を襲いませんから。
「やっぱり、あの言葉には意味がある」
レオンは再び歩き出した。
***
森の奥へ進むにつれ、道は険しくなった。
木の根が地面から突き出している。
レオンは何度も足を取られながら、それでも足跡を追った。
やがて――
足跡が二つに分かれた。
「……?」
一つは右。
もう一つは左。
右には赤ずきんの足跡。
左には狼の足跡。
「ここで分かれたのか?」
レオンは右を見る。
赤ずきんはそのまま進んでいる。
狼は左へ向かっている。
「……なんでだ?」
少し考える。
そしてレオンは右へ進もうとした。
その瞬間。
――グルルル……
「!」
左側から唸り声が聞こえた。
レオンは振り返る。
木々の間。
二つの黄色い目が浮かんでいた。
「……いたな」
巨大な黒い狼。
昨日の夜に見た狼だった。
レオンは弓を構える。
「赤ずきんを襲ったのか?」
狼は答えない。
ただ、レオンを見ている。
「お前が何を考えてるのか分からない」
狼が一歩前へ出る。
レオンは弓を引く。
「これ以上近づくな」
狼は止まった。
しばらく、互いに動かない。
やがて狼がレオンの横を見た。
森の奥。
何もない。
「……何を見てる?」
狼は再び森の奥を見る。
そして、低く唸った。
レオンは眉をひそめる。
「……俺じゃないのか?」
狼は突然、背を向けた。
森の奥へ走っていく。
「おい!」
レオンは追いかけた。
狼は何度も振り返る。
まるで、ついてこいと言っているようだった。
「……案内してるのか?」
レオンは狼を追った。
***
しばらくすると、木々が途切れた。
小さな広場になっている。
その中央には、古びた石碑が立っていた。
「なんだ、これ……」
レオンが近づく。
石碑には、古い文字が刻まれている。
ほとんど読めない。
だが、一部分だけは残っていた。
――赤き頭巾。
「赤ずきん……?」
レオンは目を細める。
その下には、狼の絵が刻まれている。
「狼も……?」
赤ずきんと狼。
二つが同じ石碑に刻まれている。
レオンは考える。
「昔から、この二人は関係してたのか?」
狼が石碑の前で立ち止まった。
そして、レオンを見る。
「……お前は知ってるのか?」
狼は答えない。
ただ、森の奥へ顔を向ける。
レオンもそちらを見る。
木々の間から、細い道が続いている。
「まだ先か」
レオンは歩き出した。
狼も後ろからついてくる。
***
しばらくすると、森の雰囲気が変わった。
木々が少なくなり、少しだけ明るくなる。
そして――
レオンは足を止めた。
「……家?」
森の奥に、一軒の古い家が建っている。
かなり古い。
屋根は傷み、壁には蔦が絡んでいる。
なのに――
煙突から煙が出ている。
「誰か住んでる……」
レオンはゆっくり近づいた。
玄関の前まで来る。
扉は完全には閉まっていない。
わずかに開いている。
その隙間から――
見覚えのある赤い靴が見えた。
「……赤ずきんの靴」
レオンの表情が変わる。
「ここにいるのか?」
狼が低く唸った。
「どうした?」
狼は扉を睨んでいる。
明らかに警戒していた。
「……中に何かいるのか?」
狼は動かない。
レオンは扉の前に立った。
そして――
コン、コン。
「誰かいるか?」
返事はない。
もう一度、扉を叩く。
コン、コン。
すると――
家の中から、小さな物音がした。
コトッ。
レオンは息を止める。
「……誰かいる」
しばらく沈黙。
そして――
「……誰?」
少女の声が聞こえた。
レオンは目を見開く。
赤ずきんの声だ。
「……赤ずきんか?」
扉の向こうから、しばらく返事がない。
やがて――
「……そうだよ」
小さな声が返ってきた。
レオンは扉を見る。
「どうしてここにいる?」
「分からないの」
「怪我は?」
「大丈夫」
「狼は?」
また沈黙。
「……怖い」
少女の声が震える。
「助けて」
レオンは扉に手をかける。
その瞬間。
隣にいた狼が、レオンの前へ出た。
「……どうした?」
狼は扉を睨み、低く唸っている。
「赤ずきんが中にいるんだぞ」
狼は動かない。
レオンは狼と扉を交互に見る。
「……お前、何か知ってるのか?」
狼は答えない。
ただ、扉から一歩も離れようとしなかった。
レオンはゆっくりと手を下ろす。
「……分かった」
もう一度、扉を見る。
「……何を警戒してるんだ?」
狼は答えない。
ただ、扉の前から動かなかった。
レオンはその様子を見つめる。
何かがおかしい。
その違和感だけを胸に残し、レオンは扉を見つめた。




