第二話 森が隠した赤ずきん
翌朝。
村は、いつもより騒がしかった。
「まだ帰ってきてないらしいぞ」
「昨日の赤い頭巾の子か?」
「ああ。森に入ったままだ」
レオンは家の外で村人たちの話を聞いていた。昨日の夜、窓の外に落ちていた赤い布。森の奥に浮かんでいた二つの黄色い目。そして朝になっても帰ってこない少女。偶然とは思えなかった。
「レオン」
ミアが駆け寄ってくる。
「昨日の子、まだ帰ってきてないって」
「ああ」
「誰か探しに行くのかな?」
「どうだろうな」
二人で村を見る。村人たちは集まっている、けれど誰も森へ行こうとはしない。
「……みんな、怖いのかな」
「森が?」
「うん」
レオンは森を見る。
「昼間なら、普通に入ってるだろ」
「でも夜は別」
ミアが小さな声で言った。
「昔から、日が沈んだ森には近づくなって言われてるから」
「狼が出るから?」
「それだけじゃないみたい」
「それだけじゃない?」
「……分からない」
ミアは首を振った。
そのとき。
「レオン」
村長が呼んだ。
「ちょっと来い」
***
村長の家。
レオンは椅子に座り村長と向かい合っていた。
「赤ずきんのことだ」
「はい」
「あの子が帰ってこない」
「分かってます」
「昼まで待つ」
「それでも帰ってこなかったら?」
村長は少し黙った。
「森の入り口まで探す」
「中には入らない?」
「……必要になれば考える」
レオンは村長を見る。
「村長」
「なんだ?」
「昨日、あの子が森へ行くとき……みんな変だった」
「……」
「特に村長が」
村長は答えない。
「何か知ってるんじゃないですか?」
「知らん」
短い返事だった、けれどレオンには分かった。村長は何かを隠している。
「……赤ずきんは、狼に襲われないって言ってました」
村長の目がわずかに揺れた。
「狼は、私を襲いませんからって」
「……」
「どういう意味ですか?」
「ただの子供の戯言だ」
「本当に?」
「レオン」
村長は真っ直ぐにレオンを見る。
「森には、知らなくていいことがある」
「それって――」
「お前の父親も、そう言って森へ入った」
レオンの表情が止まった。
「……父さんが?」
「昔の話だ」
「何があったんですか?」
「今は話せん」
村長はそれ以上何も言わなかった。レオンも聞くのをやめた。でも、頭の中にはさっきの言葉が残っていた、父親も森へ入った。
***
昼になった。赤ずきんは帰ってこなかった、村人たちは広場に集まっている。
「探した方がいい」
「でも森には……」
「じゃあ、どうするんだ!」
言い争いが始まる。レオンは黙って聞いていた。
誰も動けない、怖いからだ。森の中で何が起きるのか誰も知らない。
いや――
知っている人間がいる。
レオンは村長を見る。
村長は森を見つめていた。
その表情は、ただ心配している人間のものではなかった。
まるで何かを恐れている。
「……」
レオンは立ち上がった。
「俺が行く」
村人たちが一斉にレオンを見る。
「レオン?」
「森へ?」
「ああ」
ミアが駆け寄る。
「待って。危ないよ」
「分かってる」
「じゃあ、どうして?」
レオンは森を見る。
「昨日の子を見つけたい」
それだけだった。
英雄になりたいわけじゃない。
村を救いたいわけでもない。
ただ――
昨日、自分の目の前で森へ入っていった少女を、このまま放っておきたくなかった。
「……行ってくる」
レオンは弓を背負う。
短剣を腰に差す。そして森へ向かって歩き始めた。
「レオン!」
村長の声が飛んできた。
レオンが振り返る、村長は何か言おうとして
やめた。
「……気をつけろ」
「ああ」
レオンは森を見る。そして一歩、森へ近づいた。




