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第一話 赤い頭巾の少女

 レオンの暮らす村は、森のすぐそばにあった。


 村の北側には、どこまでも続く深い森が広がっている。


 春には木の実がなり、夏には薬草が採れ、秋には薪を集め冬には狩りをする。


 村人たちは昔から森と共に暮らしてきた。


 だから、森を恐れているわけではない。


 ただ一つだけ、村には昔から守られている決まりがある。


 日が沈んでから、森へ入ってはいけない。


 理由を聞けば大人たちは決まってこう答える。


 ――狼が出るから。


「……くだらない」


 レオンは薪を背負いながら呟いた。


 夕暮れの森を抜け、村へ戻る。


 空はすでに赤く染まり始めていた。


 急がなければならない。決まりを破るつもりはなかった。


 ただ――


 今日は薪を集めるのに少し時間がかかった。


「レオン!」


 村の入り口から声が飛んできた。振り返ると幼なじみのミアが、腕を組んで立っていた。


「遅い!」


「悪い。薪が足りなかった」


「もう日が暮れるよ」


「分かってる」


 レオンは空を見上げた、太陽が山の向こうへ沈みかけている。


「ほら、帰るぞ」


「うん」


 二人で村へ向かう。


 その途中だった。


 村の入り口に、一人の少女が立っていた。


 赤い頭巾、赤い外套、手には小さな籠。


「……誰だ?」


 レオンが足を止める。


 ミアも少女を見る。


「知らない」


 少女は旅人のようだ。服には少し泥がついている。長い道を歩いてきたのだろう。村長が少女の前に立っていた。


「こんな時間に、どこから来た?」


「森の向こうです」


「一人で?」


「はい」


 村長の表情が少し険しくなった。


「何の用だ?」


 少女は籠を抱え直した。


「祖母の家へ行く途中です」


「祖母?」


「はい。森の中に住んでいます」


 その言葉を聞いた瞬間村長の顔が変わった。


 ほんの一瞬だった。けれど、レオンは気づいた。


「……森のどこにある?」


「北の奥です」


 村長は黙った。


 周囲にいた村人たちもなぜか口を閉ざしている。


「どうしたんです?」


 レオンが尋ねる。村長は答えなかった。代わりに少女へ向き直る。


「今日はもう遅い」


「でも、おばあちゃんが待っています」


「明日の朝にしろ」


「薬を届けないと……」


 少女が籠を見る。


 中にはパンと、小さな薬瓶が入っていた。


「大丈夫です」


 少女は笑った。


「何度も通っている道ですから」


 村長はため息をついた。


「……そうか」


 それ以上は何も言わなかった。


 少女は村長に頭を下げる。


 そして森へ向かって歩き始めた。


 レオンは、その背中を見つめていた。


「なあ」


 ミアが小声で言う。


「何?」


「あの子森に入るんだよね?」


「ああ」


「止めなくていいのかな」


「本人が大丈夫って言ってるんだろ」


「でも……」


 ミアが森を見る。夕日が消えかけていた。森の中は、すでに薄暗い。


「なんか嫌な感じがする」


 レオンも森を見る。


 少女の赤い頭巾が、木々の間で揺れている。


 そのとき森の奥から、低い唸り声が聞こえた。レオンは足を止めた。


「……狼?」


 ミアが不安そうにレオンを見る。


「今の、聞こえた?」


「ああ」


 もう一度、森を見る、少女は立ち止まっていた、しかし、振り返らない。


 まるでその声を聞き慣れているようだった。


「おーい!」


 レオンが声をかける。少女が振り返る。


「何ですか?」


「本当に一人で大丈夫か?」


「はい」


 少女は少しだけ笑った。


「狼は、私を襲いませんから」


「……なんで?」


「さあ」


 少女は首を傾げた。


「昔からです」


 そう言って、また森の中へ歩いていく。


 赤い頭巾が小さくなっていく。


 そして――


 消えた。


「変な子」


 ミアが呟く。


「そうだな」


 レオンもそう答えた。


 けれど。なぜか胸の奥に、小さな違和感が残った。


 ***


 その夜。村は静かだった。


 レオンはベッドに横になりながら、昼間の少女のことを考えていた、森の中に住む祖母、赤い頭巾。狼に襲われない少女。


「……考えすぎか」


 目を閉じる。


 しばらくして――


 コン。窓を叩く音がした、レオンは目を開ける。


「……?」


 聞き間違いかと思った、だが


 コン、コン。


 今度は二回、レオンはベッドから起き上がり、窓へ近づいた。


 外を見る、誰もいない。村は眠っている。


 ただ、月明かりの下に――


 小さな赤い布が落ちていた。


「……あれは」


 レオンは窓を開けた。


 冷たい夜風が部屋へ入り込む。手を伸ばし、布を拾う。


 昼間見た少女の頭巾と同じ色だった。


 嫌な予感がした。


 その瞬間、森の奥から、遠吠えが響いた。


 ――アオォォォォン。


 村中の犬が一斉に吠え始める、レオンは森を見る。


 木々の間、月明かりの届かない場所に――


 二つの黄色い目が浮かんでいた。


「……狼」


 狼はじっとこちらを見ている。


 しばらくするとゆっくりと森の奥へ消えていった。


 レオンは赤い布を握りしめる。


 その夜。


 赤い頭巾の少女は――


 村へ帰ってこなかった。


 そして翌朝。


 森の入り口に一つの籠が置かれていた。中には、昨日と同じパン。


 割れた薬瓶。


 そして――


 狼のものとは思えない小さな手形が一つ。


 レオンはその手形を見つめた。


「……何があったんだ?」


 村長は答えなかった。


 ただ森を見つめながら静かに呟いた。


「……始まってしまったか」


 レオンはその言葉の意味を知らない。


 まだこの村で起きたことが――


 一つの童話の始まりに過ぎないことも。

 

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