謝罪
「こより……胡和……」
遠くから聞こえる声は、深い水底から響いてくるようだった。重たい瞼をゆっくりと持ち上げる。
「……ん……」
身体中が鉛のように重い。ぼやけた視界の向こうで、白銀の髪が揺れていた。
「……白練様……?」
「酷く魘されておったぞ」
白練様は安堵したように目を細め、穏やかに微笑んだ。
「私……、生きてる……?」
掠れた声が漏れる。
「もう、二十一時過ぎじゃぞ。よく眠っておった」
「そ、そんなに……」
思わず息を呑んだ。まさか、半日以上も眠っていただなんて。
確か私は、領主様との決闘で敗れ、そこで意識が途切れたはず。
その瞬間、脳裏に折れた刀身が蘇る。
「鍔芽様は?!」
勢いよく身体を起こす。領主様が刀を折ったせいで、鍔芽様の気配も消えてしまった。まさか、あれっきりもう二度と会えないのか。そんな、最悪の想像が頭を過ぎる。
「あぁ、妖刀なら折れてしまっての。修復は出来そうにないから、短刀に仕立て直してもらっておる」
「それじゃ……」
「鍔芽殿なら大丈夫じゃ。更にちびっこくなったが、ピンピンしておる」
張り詰めていたものが、一気に緩む。知らず知らずのうちに、胸の奥から安堵の息が零れた。
「良かった……」
あのまま永遠の別れにならなくて、本当に良かった。
また鍔芽様に会える。その事実だけで、熱いものが胸の奥に込み上げてきた。
しばらくして、心の奥に押し込めていたもう一つの不安が、じわじわと顔を出す。
「それで……、領主様は……」
途端に、白練様の表情が曇った。
「それがな……」
嫌な予感がした。心臓がどくりと脈打ち、布団を握る手に知らず力が入る。
「実は、かなり危険な状態でな」
「え……?」
頭の中が真っ白になった。
「傷が傷じゃ。左目も駄目になったやもしれぬ」
「そんな……」
あの時の光景が脳裏を過ぎった。私は勝つ為とはいえ、本当に取り返しのつかないことをしてしまったのだろうか。胸の奥が冷たく沈んでいく。
「しかも、じゃ」
白練様が更に言葉を続けた。
「ま、まだ何か……?」
聞きたくない。でも、聞かなければならない。そんな、相反する感情が胸の中心で渦を巻く。
「うわ言のように、胡和の名を呼んでおって……。ずっと、お主のことを気にかけておったのじゃろ」
思わず息が止まる。
「領主様が……」
掠れた声が零れる。私が傷付けた。私が怪我を負わせた。それなのに、領主様は眠っている間でさえ、私のことを案じていたというのか。
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。どうしよう。今更どんな顔をして会えば良いのだろう。喧嘩を吹っ掛けたのは鍔芽様だが、私も誓約書を巡って楯突いた。
そんな私が謝りに行くなんて、烏滸がましいのかもしれない。
それでも、会いたかった。一目だけでも。そして、自分の口で謝罪の言葉を伝えたい。
「ごめんなさい」の一言が喉の奥につっかえ、罪悪感に押し潰されそうになる。
「白練様、私……」
その先を言い切る前に、彼女は全てを察したように静かに頷いた。
「うむ」
その一言だけで、十分だった。私は慌てて布団から抜け出す。
もし、本当に領主様の容態が危険なのだとしたら。もし、謝る機会を失ってしまったら。そんな考えが頭から離れない。
急いで身支度を整え、花車に飛び乗った。膝の上で握り締めた手には、じっとりと汗が滲んでいる。
今からでも間に合うのだろうかと、不安ばかりが胸中を駆け巡る。
やがて花車が摩天楼へ到着した。昇降機で四階へ。扉が開くや否や、私は飛び出していた。
長い廊下を半ば駆けるように進む。
部屋の前で足を止めた。襖一枚隔てた向こうに、彼が居る。
謝らなければならない。例え、許してもらえなくとも、自分の口から伝えなきゃ。
ゆっくりと、襖の引手に手を掛ける。震える手に力を込めて、意を決して襖を開けた。




