悪夢
「胡和は何の取り柄もないんだから、せめてピアノくらいは弾けるようにならないとね」
母は事ある毎に、私をそう諭した。
「嫌だ……」
涙を零しながら訴えても、母は聞く耳を持たない。
ぱちん、と乾いた音が響き、頬に痛みが走る。私は幼い頃から、母に逆らえなかった。
「お母さん、胡和を育てるために必死で働いているの」
「今の暮らしがあるのも、全部お母さんのおかげでしょ」
「胡和だって、少しくらいお母さんの為に頑張ってくれても良いじゃない」
私を責める声、悲しそうな顔。まるで、私が悪い子であるかのような言葉。そんなことを言われても、私には分からない。分からないよ。
嫌だって、何度も言ったのに。苦しいって、何度も伝えたのに。どうして、母は分かってくれないんだろう。どうして、自分の考えを押し付けてくるんだろう。
どうして、そこまでピアノに拘るの?
答えは、何年経っても見つからなかった。中学生になっても、それは変わらない。
放課後は当たり前のようにレッスンへ向かい、家に帰れば練習を命じられる。鍵盤を見るだけで胸が苦しくなる日もあった。それでも弾かなければならなかった。
弟も最初は同じようにピアノを習っていた。けれど、練習を嫌がり、拒絶反応を示すようになると、母はあっさりと辞めさせた。
私は呆然とした。どうして。どうして、弟は許されるのに、私は許されないの? 何が違うの。姉弟というだけで、こんなにも扱いに差が出るなんて。
胸の奥に沈殿した不満は、年を重ねるごとに大きくなっていった。私は、この家に生まれたことを何度も後悔した。
それでも、心のどこかでは信じていた。いつか分かってくれると。私の話を聞いてくれる日が訪れると。
母に私の想いを、本当の気持ちを伝えれば、きっと届くと信じていた。親子なのだから。母なのだから。
いつかは、分かり合えるはずだと、そう信じたかった。
だから、意を決して伝えた。
「ピアノ、辞めたい」
震える声で、そう告げた瞬間だった。母の表情が、見る見るうちに変わっていく。
「何度言ったら分かるの?!」
母は、酷く激昂した。鋭い怒声が部屋に響く。
「どうして親の言うことが聞けないのよ!!」
私は、思わず肩を竦める。けれど、母の怒りは収まらなかった。
次の瞬間、本棚が大きく揺れた。母が並んでいた本を、手で薙ぎ払ったのだ。
何冊もの本が床へ叩き付けられる。大切に並べていた背表紙が、無惨に崩れ去っていく。
頭が真っ白になった。
「これだって全部、お母さんが働いて買ってあげた物じゃない!」
母は叫ぶ。
「自分ばっかり甘い汁すすれると思ったら、大間違いなんだから!」
やめて。喉まで込み上げるのに、声にならない。
母は無造作に一冊を手に取ると、根元からビリビリと破く。私のお気に入りだった。何度も読み返して、ページの内容を覚えるほど大好きだった本。
「やめて……!」
私は、泣きながら叫んだ。けれど、母は止まらない。
「私に、逆らうからこうなるのよ。あんたが続ければ、それで済むことなのに……!」
まるで、私が悪いのだと言わんばかりに、罰を与えた。
「そんな……」
どうして。どうして、こんな事になってしまったの?
私はただ、自分の気持ちを分かってほしかっただけなのに。ただ、苦しいと伝えたかっただけなのに。
「もう二度と、私の手を煩わせないでちょうだい」
母は、そう言い捨てて、私の部屋から出て行った。扉が閉まる音がやけに大きく響く。
後に残ったのは静寂と、無惨に散らばった紙切れだけだった。
私は、震える手で床に落ちたページを拾う。元には戻らない紙片を胸に抱えたまま、私はその場に蹲る。
涙が止まらない。私は、なんて無力なんだろう。
育ててもらっているから、逆らえない。口答えをしたら、大切な物を壊される。好きな物さえ、守れない。
こんなの理不尽だ。苦しい。誰か、私を助けて。助けてよ。
それでも、私に救いの手を差し伸べる者は現れなかった。耐え続けるしか道が無かった。十八歳で家を出るその日まで、ずっと母の機嫌を損ねないように生きてきた。
家の家事もピアノの練習も塾の勉強も。どれも、言われるがままにこなした。自分の意思で選んだものなんて、ほとんど無かった。
髪を伸ばすことは禁止。腹痛薬や生理用品も、必要最低限しか使ってはいけないと言われた。
体調が悪くても我慢する。苦しくても我慢する。それが当たり前になっていた。
習い事と塾にはお金をかけて、私自身には見向きもしない。
良い高校、良い大学、良い会社に入ることが私の幸せだと、何度も何度も言い聞かされていた。まるで、呪いのように。
けれど、高校生になる頃にはもう限界を迎えていた。夜になる度に、悪夢を見るようになった。眠るのが怖かった。
ようやく意識が落ちたかと思えば、すぐに朝が来る。気が付けば、睡眠時間は二時間ほどになっていた。
身体は重い。頭も回らない。それでも学校へ行き、家に帰ればピアノを弾いて、寝るまで勉強をした。
助けてほしかった。それでも、母は私を心配しなかった。
「眠れないなら、その分勉強すればいいでしょ」
母が返した言葉は、それだけだった。病院に連れて行ってほしいと頼んでも聞いてくれない。苦しいと訴えても届かない。
まるで、私の苦しみなんて最初から存在しないかのように軽くあしらわれる。
本当はやりたいこと、たくさんあったはずなのに。希望した部活も拒否された。終いには、弟を私立の高校に行かせるから、私の大学入学金は払えないと言い渡された。
泣いている暇も無かった。私は必死に働いた。学校が終わればアルバイトへ向かい、少しずつお金を貯めた。五十万円。
私にとっては、途方もない金額だった。それでも必死だった。あの家を出たかったから。自由になりたかったから。
結局、大学受験には落ちた。けれど、後悔はしていない。ようやく終わったのだと、安堵が胸の内を占めたから。
十八年間続いた息苦しさから、やっと解放された。それでも、私は母を許せなかった。今でも許せない。
奪われた時間も踏みにじられた気持ちも、今となってはどうすることも出来ない。助けを求めても、見捨てられた記憶だけが残った。
この先もきっと、簡単に許せる日は来ないだろう。
あの頃の私が流した涙を、忘れることなど出来やしないのだから。




