弱点
更に日が経ち、決闘を明後日に控えた今日。
呼吸。歩幅。重心。バラバラだった感覚が、ぴたりと重なり合うまでになっていた。
『今だ』
声が響く。考えるより先に、身体が動いた。一歩踏み込み、真剣を振り抜く。
空気を裂く音。次の瞬間、道場の隅に置かれていた藁束が、真っ二つに裂けて吹き飛んだ。
「……っ!」
今の動きには一切の迷いが無い。身体が勝手に、最善を選んだみたいに自然だった。
『やっと、形になったな……!』
頭の奥で、鍔芽様が小さく笑う。私は刀を握り直しながら、思わず口元を緩めた。
「はい……!」
『今のを、もう一回だ』
「は、はい!」
胸が高鳴る。出来た。これまで積み重ねて来た努力が、報われたような気がした。
「よし、ここまで身体を使いこなせるなら、あとはこっちのもんだ」
一息つくと、私たちはそのまま当日の作戦会議を始めた。
先ず、剣術には主に八種類の斬り筋がある。
例えば『袈裟斬り』なら、鎖骨ごと斬り込み、その下を通る血管を断つことも出来るのだ。
「鬼にも、何か弱点があれば……」
私は腕を組み、小さく唸った。人間ならある程度の急所は想像できる。けれど鬼神相手では、勝手が違うというもの。
「それなら、目を突けば良いんじゃねぇか」
「なるほど、視界を阻んだ隙に斬ると……」
確かに、目が見えなければ、一瞬でも動きを鈍らせることが出来るかもしれない。
すると鍔芽様は、何かを思い出したように続けた。
「ほら、節分の時期に柊鰯を飾るだろ」
「確か、鰯の匂いで鬼を追い払うんですよね」
「んで、柊のギザギザした葉の棘が鬼の目を刺すんだ。つまり、鬼の目にも涙、って訳だ」
「なるほど……、鬼の弱点という訳ですね」
私は感心しながら頷く。そういえば、と不意に昔話を思い出した。
「鬼の逸話なら、酒呑童子の話が有名ですよね。お酒を飲んで眠っているところを撃退する」
「やたら、詳しいな」
鍔芽様が、少し呆れたような声を漏らす。
「現世では京都に住んでいたので、詳しくなってしまって。あと、その時に使われた神便鬼毒酒は住吉の神様を含め、三柱の神様が授けたとも云われているのです」
「へぇ」
感心したのか、していないのか。気のない返事のあと、鍔芽様は肩を竦めた。
「けど、あの鬼神なら流石に持って行っても、飲んではくれねぇだろうな」
確かに、あの領主様が罠に引っ掛かる姿なんて想像できない。
「管狐たちみたいに、食いしん坊なら良かったのに」
思わず零した言葉に、
「あの狐ども、もはや管じゃなくて土管にしか入らねぇんじゃないか」
鍔芽様が鼻で笑った。私はつい、その光景を想像してしまう。丸々と膨らんだ管狐たちが、土管にむぎゅっと詰まっている光景を。
「ふふ。土管狐かぁ。それはそれで、可愛いような気も」
思わず吹き出してしまう。ここ数日、張り詰めていた空気が、一瞬だけ解けたような気がした。




