仇討ち
粗方食べ終えた頃。管狐達は勢いよく襖を開けて、慌てた様子で飛び込んできた。
「白練様〜! 奴が戻って参りました〜」
「うむ、随分と遅かったな〜。菓子もほとんど食べ終わってしまったし」
「そ、そんな〜……」
管狐たちは目に見えて肩を落とし、耳と尻尾がしゅんと垂れている。どうやら、見張りの見返りとしてお菓子を頂く算段だったらしい。
「うふふ。こんなこともあろうかと、お重いっぱいに用意しておりますよ〜」
「あら、何かしら?」
「それは、もちろん! ざらめの〜お星様〜!」
そう言うなり、彼女は抱えていたお重の蓋を開き、中の丸い粒をぱっと宙へ放り撒いた。
「「「金平糖だ〜」」」
赤・橙・黄・緑・青・藍・紫。七色の金平糖が宙を舞い、管狐たちは歓声を上げて飛びついていく。
先程まで静かだった部屋が、あっという間に賑やかになってしまった。
「おい、騒がしいだろ。何事だ」
その喧騒を切り裂くように、低く重たい声が響いた。件の彼が襖を開けて姿を現したのだ。
「朔夜に言われて来てみたが……、俺に何か用でもあるのか」
「おい、お前ら静かにしろ! 鬼神殿のお出ましだ!」
鍔芽様の一声で、先程まで騒いでいた管狐たちはぴたりと押し黙る。
しん、と場が静まり返った。
「何だ、貴様は」
「俺は、妖刀『禍月 鍔芽』だ! お前に決闘を申し込みに来た」
まさか、正面切って申し込むなんて、鍔芽様は度胸があり過ぎる。
「ほう、そんな豆粒みたいな身体で俺を倒せるのか?」
「あたぼうよ。なんてったって、俺には胡和がついているからな」
何だろう、物凄く嫌な予感がする。
「あいつの身体を借りれば、鬼の一匹や二匹」
「何?」
「つ、鍔芽様……! 聞いてないですよ?!」
私は、思わず叫んでいた。けれど彼女は、悪びれる様子もなく笑っている。
「寝言は寝てから言え」
彼は冷たく言い捨てると、鍔芽様など最初から眼中にないと言わんばかりに、そのまま背を向けた。
「ほー、怖気付いたのか。天下の鬼も形無しだなー」
鍔芽様は腕を組み、にやりと口角をつり上げる。
「女神様の仇討ちも兼ねて来てやったのに」
ぴたり。その言葉で、彼の足が止まった。空気が一瞬で変わり、背筋を悪寒が駆け上がる。
「仇討ちとは……、滑稽だな」
振り返った彼の声は、先程よりもずっと低かった。
「良いだろう。お前がその気なら受けて立つ」
どうしよう。もの凄く、すんなりと了承されてしまった。
「ま、待ってください! 私は領主様と戦うつもりなんて、毛頭ございません」
「堅いこと言うなよ」
鍔芽様は気楽そうに言う。
「お前が憑依体質なのは、出会った時から分かっていた」
「憑依体質……?」
思わず聞き返す。
「普通は、適合する人間なんて滅多に居ないんだがな。俺の刀としての本領を発揮するなら、お前が必要なんだよ」
突然、そんな重大なことを聞かされても、頭が追いつかない。
すると、すかさず横からざらめさんが身を乗り出した。
「まぁまぁ、私は良いと思いますよ〜! 胡和ちゃんだって、領主様には色々と鬱憤が溜まっているでしょうし〜」
「私は、その……」
言葉に詰まる。彼に対して、思うことはあっても上手く言えずにいたから。
「何だ。俺に言いたいことがあるなら、言ってみろ」
視線が合い、逃げ場のない瞳に戸惑いが隠せない。どうしよう。思わぬところに飛び火してしまった。けれど、裏を返せば、これは良い機会なのかもしれない。
今なら、ずっと胸に突っかえていた事だって、言えるような気がした。
「領主様、もし私たちが勝てば……あの誓約書を無効にしていただけませんか」
一拍置いて、続ける。
「私をこの五都から、解放してください」
しばしの沈黙が流れる。やがて、領主様は呆れたように深く溜息を吐いた。
「はぁ……、その事か。お前は随分と根に持つ性分らしい」
「元はと言えば、寝ているうちに勝手にサインさせた領主様の責任ですよね? 私はまだ、許していませんから」
私が睨みつけると、彼は口元を僅かに歪めた。まるで、獲物を見つけた獣のような顔。
「良かろう」
領主様はそう言って、ふっと笑った。それは温度を感じない、酷く冷たいものだった。
「ただし。俺が勝てば、二度とこの世界から出られないと思え」
「そんな、無茶な……」
隣で聞いていた白練様が、悲痛な声を漏らす。
けれど、もう怯む訳にはいかない。今、ここで彼に流されてしまったら、またあの頃の自分に戻ってしまいそうだから。
「どうした? 今更、怖気付いたか」
低く囁くような声。目の前まで来た彼は、僅かに身を屈める。
「撤回するなら、今のうちにしておけ。さもなくば、後で泣きを見ることになる」
私はもう、彼の脅しには屈しない。
「私をこの世界に縛り付けると仰るのなら、もう容赦いたしません」
一瞬の静寂。次の瞬間、鍔芽様は面白そうに目を細めた。
「胡和も随分とやる気になったみてぇだな」
領主様は淡々と告げる。
「では、七日後。場所は奈良の地で良いだろ。瘴気も粗方祓い終えたからな。決闘には申し分ない」
「あぁ、望むところだ」
二人の言葉に、背筋がぞくりと冷える。あぁ、このひとたちは本気だ。今更になって、自分がとんでもない約束をしてしまったことを理解した。
けれど、もう引き返せない。私は唇を噛みしめながら、ぎゅっと両の掌を握り締めた。




