鬼退治
「本当に、余花は来なくて良いの?」
「せっかく、領主様の顔を拝める機会なのに」
閉館時間を過ぎ、戸締まりを済ませた私たちは、牛車へと乗り込む。
これは摩天楼が手配した網代車。以前、私が花鎮めの舞を観に社へ参拝した折にも、この車に揺られたことを思い出す。
「私は辞めておくわ。正直、気乗りしないのよね〜」
相変わらず気分屋な余花さんは、ひらひらと手を振りながら、大正空間へ続く道を帰って行った。
「どうせ、怖気付いてるだけだろ。ほっとけ、あんな奴」
鍔芽様は悪態をつきながらも、つまらなそうにそっぽを向く。
「でも、ざらめさんがここまでしてくれるなんて、どういう風の吹き回しかしら」
「確かに、あの領主様がわざわざ私たちに会う時間を作るなんて……。どう説得したのか気になります」
「ふふ、胡和ちゃんは領主様に興味津々ね〜」
「そ、そんな事は……」
照葉さんは妙なところで勘が鋭い。こういう時だけ、やたらと察しが良いのだから油断できない。
「それにしても、立派な車。いつもは歩きだから、たまには良いものね」
「……」
確かに、ざらめさんの意図も気になる。けれど今は、それ以上に気掛かりなことがあった。
ちらりと隣を見る。鍔芽様は腕を組んだまま、不機嫌そうに黙り込んでいた。どこか苛立ちを押し殺しているようにも見えて、私まで気が滅入りそう。
もし、本当に領主様と戦うことになってしまったら……。二人が傷つけ合う姿なんて見たくない。
牛車が揺れる度、胸の奥に生まれた小さな不安が、少しずつ降り積もっていく。
摩天楼に着くと、今度は白練様が出迎えてくれた。
「よく来たの〜! 待っておったぞ」
「お久しぶりです、白練様」
聞き慣れた元気な声音に、張っていた気持ちが少しだけ緩む。
白練様は肩に乗った鍔芽様と、隣に居る照葉さんに視線を向けた。
「うむ、そのちびっこいのが鍔芽とやらで、お主が照葉か」
「ええ、よろしくね」
「お前……もしかして、稲荷神の使いか?」
鍔芽様は白練様を見るなり、そう問いかけた。
「うむ、如何にも。我は伏見稲荷の主祭神、宇迦之御魂神直々の眷属である!」
胸を張る白練様に、鍔芽様は僅かに目を見開く。
「ほう、稲荷神には世話になったからな。改めて、礼を言う」
「まさか、お主の依代は宗近の刀か?! 」
「おう、話の分かる狐だな」
まるで思い当たる節があったかのような反応だ。
「もしかして、鍔芽様はお稲荷様が宗近と打った刀、ということでしょうか……?」
そういえば、こんな逸話があった。
その昔、一条天皇の命を受けた宗近は優れた刀を作る為に、相槌(鍛冶工が向かい合って共に槌をふるう者)を探していた。
しかし、良き相手が見つからず、氏神である稲荷明神へ祈願したという。
すると、其処に現れたのは、まさかの狐の姿を借りた稲荷明神その御本神であった。宗近と共に槌を振るい、一振りの刀を完成させた。その刀の名は確か『小狐丸』と云ったか。
能の演目『小鍛治』としても有名な話だが、まさか他にも打たれた刀があっただなんて。
「まぁ、そうなるな。銘も刻まれているし」
「神様との共作の刀だなんて。鍔芽ちゃんは凄いのね〜」
照葉さんが感心したように声を上げると、鍔芽様は少し鼻を鳴らした。
「まぁ、立ち話も何だから、上がって行ってくれ。ざらめも菓子を用意して待っておるぞ〜」
白練様に促され、私たちは和気あいあいと摩天楼の奥へと進む。昇降機へ乗り込み、六階へ。
この階は初めて来たけれど、どうやら式部省の管轄らしい。
「あの誓約書にも記載されていた、式部省ですか……」
違約金を払わなければ、私は現世へ戻れない。あの誓約書の文字が、一瞬頭を過った。
「そういえば、式部省は主に人事の仕事をしているのよね? 私を芸亭の司書として任命下さったのも、何か理由があったのかしら。聞いてみたいわ〜」
「まぁ、配属に関しては極秘じゃからの。おいそれとは話せぬと思うが……。ほれ、着いたぞ」
案内された先は、広々とした一室だった。部屋の中央には西洋風の食卓机と椅子が並び、見慣れた和の景色とは少し異なる空気が漂っている。
「まさか、摩天楼にも洋風のものがあっただなんて」
「まぁ、ここは比較的、和洋折衷な空間じゃからの」
確かに、障子や欄間の意匠は和そのものなのに、調度品は英国式だ。不思議な取り合わせ。
「皆さ〜ん、お待ちしておりました。どうぞ、お掛けになって、ご自由にお召し上がりください!」
ざらめさんの声に視線を机の上へと向ける。所狭しと並べられた数々の品に、つい心奪われてしまった。洋菓子は、チョコレートにマドレーヌ、マカロンにケーキまで。和菓子は、羊羹に練り切り、饅頭、大福、わらび餅などなど、見事に取り揃えられている。
「まぁ、随分とご馳走ね」
「今日はお菓子パーティーも兼ねておりますので〜! 思う存分、楽しみましょう!」
領主様に会いに来たはずなのだけれど。気が付けば、いつの間にかお菓子パーティーが始まろうとしていた。
私たちは思い思いに席へ着き、自然と手を伸ばしていく。
「こんなことなら、余花も来れば良かったのにね〜」
「余花さんは、甘いもの好きですからね」
この光景を目の前にしたら、来なかったことを悔やみそうだ。そんなことを考えていると、
「確かに美味いけど、大事なこと忘れてねぇか?」
ふいに、鍔芽様が口を開いた。
「大事なことって?」
「俺は、鬼に決闘を申し込む為に来たんだ。飯食いに来た訳じゃねぇ」
その一言で、和やかだった空気がぴたりと止まる。
「そうだったわね。領主様は何処にいるの?」
「もうすぐ、戻って来るはずじゃぞ。庭に管狐達を見張らせているから、来ればすぐに分かる」
白練様は黙々と菓子を口へ運び、次々と皿を空にしていく。その隣に座るざらめさんも負けていない。
次々と吸い込まれていく口元を眺めながら、私はふと首を傾げる。こんなに細い身体なのに、一体食べた物は何処に収まっているのだろうか。
兎にも角にも、領主様が戻って来るまでの間、私たちはお菓子の山に囲まれながら、しばし幸せな一時を過ごしたのだった。




