決意
「おや、お前たち一緒に来たのか?」
「そこで、ばったり鉢合わせまして」
振り返ると、朔夜さんとざらめさんが並んで立っていた。二人はそれぞれ両手に湯呑みを持ち、何処か楽しげな様子でこちらへ歩み寄ってくる。
「胡和ちゃんも、わざわざ来ていただいて、ありがとうございます!」
「そんな。ざらめさんの舞、とても綺麗でしたよ。まるで、天女様が舞い降りたかのような美しさで、つい見惚れてしまいました」
胸の奥に残る余韻をなぞるように、言葉を紡ぐ。
「ふふ。胡和ちゃんにそう言われると、何だか照れちゃいますね〜」
柔らかく目を細め、ざらめさんは満面の笑みを浮かべると、そっと湯呑みを差し出してくれた。
「美味しいですよ、忍冬酒」
差し出されたそれは、淡く光を含んだ琥珀色。鼻腔をくすぐるのは、花蜜のように優しい香りだった。一口飲むと、深みのある甘さが口いっぱいに広がる。
「……美味しい」
思わず、小さく息が漏れた。身体の内側へ、じんわりと染み渡っていくような温かさ。
「にんどうしゅって何のお酒なんですか?」
「忍冬の花だよ。茎や葉も一緒に焼酎で熟成させるんだ」
朔夜さんの説明に、私は素直に頷く。忍冬の花は、まだ見たことがない。どんな色をして、どんな形で咲くのだろうか。
花は大抵、美しく咲くものだけれど――
このやさしい甘さを思えば、きっと何処か慎ましく、それでいて芯のある花なのだろう。ふと、先ほど聞いた“まことの花”という言葉が脳裏を過ぎった。
(芸亭で植物図鑑でも借りてみようかしら……)
そんなことを考えていると、
「そうだ! 胡和ちゃんに差し上げたいものがあるんです」
ぱっと表情を輝かせ、ざらめさんが声を弾ませる。
忍冬酒を飲み終えた私たちは、社務所へと湯呑みを返す。あとのふたりは先に車で待っているとのことで、私は邪魔にならないよう端の方で彼女を待っていた。
やがて、ざらめさんは小走りで戻ってくる。大切なものを抱えるように、両手をそっと胸元に添えて。
「これは……」
「花鎮めの御守りです! この日限定のレア物ですよ〜。胡和ちゃんにだけ特別です♪」
「ありがとうございます……」
掌に収まったそれは、桜の花の刺繍が施された小さな根付。淡い糸で縫い取られた花弁は、今にも風に乗って舞い出しそうなほど繊細で、思わず指先でそっとなぞる。
本物の桜はもう見納めだというのに、この小さな御守りの中には、まだ春が息づいているみたい。
――ざらめさんは、なんて優しくて、可憐で……、花のようなひとなのだろう。
「私……、もし次に生まれ変わることがあったら、ざらめさんみたいな素敵な人になりたいです」
「胡和ちゃん……」
彼女は、その大きな瞳をぱちぱちと瞬かせると、やがて朗らかに笑った。
「私はね……、胡和ちゃんみたいな可愛らしい女の子が大好きよ」
「え……」
不意に、華奢な指がそっと頭に触れる。優しく撫でられたその瞬間、心臓が大きく跳ね上がった。
息が詰まりそうになる程、近い距離。甘やかな香りと、柔らかな温もりに、思考が揺らぐ。
胸の鼓動が高鳴り続けるのを隠すように、私はそっと視線を逸らした。
ざらめさんは、その存在すべてが人を惹きつけてやまない、何処か蠱惑的なひとだ。
私もいつか──
美しさも、可愛らしさも、その全てを手に入れて。こんな風に、誰かの心を動かせる人になれるのだろうか。
“虚仮の一念、岩をも通す”という言葉があるくらい、どれだけ愚かでも思い続ければ、いつかきっと願いが叶う日が来るのかもしれない。
私だって、自分を磨いて、磨いて――
それでも足りなければ、また磨き続けて。ざらめさんのように、時を経ても失われない“花”を。
“まことの花”が咲くことを願って、五都での春は過ぎて行った。




