↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巫のまつりごと  作者: 一靑華巳
花祭り
PR
30/61

催花雨

 視線の先に、もう一つの白。白練様のその躰は微かに透け、先ほどよりも明らかに光を失っている。自らの力を削り、格上を招いた代償だろうか。九頭龍は悠然と空を巡りながら、白練様を一瞥(いちべつ)した。


 その刹那、光の雨の密度がふと増したような気がした。その雨が白練様の鱗を柔らかく包み込むと、萌黄色の灯が再び強まる。


 九頭龍は一声、高く鳴いた。それは先ほどの慟哭とは違う春の空を割るような響きで、暇乞(いとまご)いのようにも感じられた。


 やがて、光は静かに収束していく。雲は閉じ、裂け目は消え、天は元の色へと戻って行った。


「……綺麗でしたね」


「ああ」


 それ以上の言葉は要らなかった。九頭龍が光の尾を引きながら天界へと昇っていく頃には、あれほど暴れていた巨大な虫も跡形もなく消え去っていた。まるで初めから存在しなかったかのように、庭には静寂だけが残る。


「なかなか、見事じゃったなぁ」


 砕けたはずの石も、抉れたはずの土も、いつの間にか元の姿を取り戻していた。九頭龍の雨は、ただ命を潤すだけでなく、乱れた理までも整えてしまうのだろうか。


「白練様も、大変お美しかったですよ」


 純白の龍をこの目で見たのは初めてだった。寺院の天井や襖に描かれた龍は幾度も目にしてきたけれど、白──それも透明に近い龍など見たことがない。光を宿し、雨を纏うその姿は、神話そのものの顕現(けんげん)のようであった。


「いやぁ、これぞ不幸中の幸い。胡和が手助けしてくれたお陰で、思いのほか早く片付いた。礼を言うぞ」


 白練様は得意げに尾を揺らしながらも、どこか照れくさそうに笑う。


「そんな、礼を言われるようなことは何も……」


 私はただ巻物に文字を書き入れただけで、対して何も出来なかった。人に出来ることなど、たかが知れているので、白練様の力に比べれば取るに足りないことなのだ。


「まぁ、今回ばかりは白練様のお陰ですよ。俺たちだけじゃ、倒すことも封じることも出来ずに居たと思いますから」


 朔夜さんは相変わらず左腕を押さえていたが、先程より表情は穏やかだった。怪我の痛みが和らいだのだろう、あの恵みの雨の効能なのかもしれない。


「あまり、無理はなさらないでくださいね」


「大丈夫、胡和ちゃんが心配するほどの怪我じゃないからさ」


 柔らかい微笑みが少しだけ眩しい。


「さてと。我は胡和を送り届けてくるから、朔夜も早めに摩天楼へ帰るのじゃぞ。花車は定員一名じゃから、乗せて行ってやれんが拗ねるなよ」


「拗ねませんよ」


 朔夜さんは肩を竦め、苦笑した。けれど、その視線はほんの少しだけ名残惜しそうに、私へと向けられる。


「今日はとんだ一日になってしまったね。胡和ちゃんも帰ったら、ゆっくり休むんだよ」


「……はい、朔夜さんもお気を付けて」


 白練様の花車に乗り込み、ふわりと宙へ浮かび上がる。


 見上げれば、先程までの曇天が嘘のように晴れ渡り、青空には淡く彩雲が棚引いていた。雨に洗われた世界はどこまでも澄み切って見える。


 地上では、朔夜さんが右手を高く掲げていた。住職さん達も並び、静かに手を合わせているその姿が、少しずつ小さくなって行く。遠ざかる寺を振り返りながら、私は大きく手を振った。花と雨の香りで満たされた今日という一日を、きっとこの先も忘れることはないだろう。


 空は高く、どこまでも青かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。