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巫のまつりごと  作者: 一靑華巳
花祭り
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28/61

大具足

 御堂の近くに怪しい気配を感じ、様子を見に向かったのはほんの数刻前のこと。地面の奥から、微かな脈動が伝わってきたのだ。


 しかし、まさかこんな事態に遭遇するとは露ほども思わなかった。轟音と共に噴き上がる土煙に、砕けた石片(せきへん)が頬を掠める。


 それは、地中から這い出てきた巨大な百足(むかで)。常の虫の比ではない。胴は社の柱ほども太く、幾重にも連なる脚が波打つたび、土が抉(えぐ)れた。甲殻は黒紫に濁り、ところどころ瘴気が滲み出している。まるで腐りかけた怨念が、そのまま外骨格を得たかのようだった。


 百足が身を捩った次の瞬間、尾で勢いよく薙ぎ払われる。朔夜はすぐさま変化を解き、妖本来の姿を現した。


 空を掛けて回避すると今度は風を操り、竜巻を起こす。


 二度目の生として得たものは、風生獣の魂。風を味方に付け、反撃を繰り出す。共に来た和尚達も念仏を唱えて、必死に百足の動きを封じ込めようとする。だが、効果は今ひとつで、そればかりか巨大百足は癇癪を起こして暴れ狂ってしまった。


 朔夜は避けきれず、咄嗟に左腕で受け止める。嫌な音と共に骨が軋み、折れる感触が遅れて伝わってきた。身体が状況を理解するより早く、朔夜は地に勢いよく叩きつけられる。ようやく痛みが追いつく頃には、肺の空気が抜け、視界が白くぼやけていた。


 左腕が、動かない。朔夜は折れた腕を庇いながら、歯を食いしばって上半身を起こす。


「……まさか、あんな巨大百足(ムカデ)に襲われる日が来るとはな……」


 春は、封じられたものが緩みやすい季節なのだろうか。遠くまで弾き飛ばされ、この体たらく。


(早く、御堂へ戻らないと……)


 あの百足はとてつもない妖力を帯びている。恐らく、この近くの地中に封じられていたものが、何らかの要因で解かれたのだろう。


 今頃は、かの二人もあの辺りへ足を踏み入れているはず。御堂には結界が張られているとはいえ、あれ程の妖力だ。破られぬ保証はない。


 足に力を込めて起き上がると、朔夜は駆け出していた。鈍い痛みが走るが、幸い折れているのは左腕だけで、あとは擦り傷と打ち身で済んでいる。空を飛べないのは不自由だが、まだ生きているだけマシだ。


 春の風が、血の匂いを孕んで吹き抜けて行く。


 脳裏に、御神木の姿が過った。あの木の根は、この地の深奥(しんおう)へと繋がっている。もし百足がそこへ辿り着けば、花守としての責は免れない。それだけは、絶対に避けねばならなかった。


 視界の端で、僧たちが倒れ伏しているのが見える。命に別状はなさそうだが、結界を維持する力は削がれていた。


 地面が再び隆起する。次の瞬間、土を割って無数の脚が突き出した。本体ではないが、地中を伝って先回りしてきたのだ。


 朔夜は風を纏い、身体を軽くする。だが着地と同時に、左腕に激痛が走った。


「っ……!」


 歯を食いしばる。痛みに意識を奪われれば終わりだ。


 百足の黒紫の甲殻が、まるでこちらを嘲笑うかのようにギラギラと光った。


(……まだ、倒れる訳にはいかない……っ)


 二度目の生を与えられた理由を、こんなところで潰えさせる訳にはいかない。


 御堂まであと僅かというところで、結界が微かに震えているのが分かった。朔夜は血の味を噛み締めながら、速度を上げる。

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