花園
鎌倉には、秘密の花園へと通じる入口がある。
五都ではもう自分以外、誰も知らない神様の花が育つ場所。街の騒めきも届かぬ別次元の世界で、四季は静かに息づいていた。此処の手入れは、己ひとりの力で行わなければならない。それが、自分に課せられた使命なのだから。
───────もっとも、使命と言えば聞こえは良いが、実のところは成り行きで任された仕事だ。貰い事故と言っても過言ではない。本来の自分は花なぞには欠片も興味がなく、むしろ燃やして灰にしてしまいたい衝動に駆られる程、憎い代物だった。
それが、どういう因果か今はこうして花と向き合っているのだから、人生とは実に滑稽だ。その生も現世では一度消失しており、この都で二度目の人生を謳歌中。
青の女神様に拾っていただいた身として、彼女に恥じぬように生きていかねばと、そう心に誓って仕事を全うする日々だ。
さて。椿や菫、かすみ草まで、春の花々がひと通り揃う庭だが、今ひとつ手を焼いているものがあった。それは、とある一本木。中央に聳える大きな桜木で、これは神様の降り立つ御神木でもある。
緑の花を咲かせる珍しいそれは、現世では確か「御衣黄」と呼ばれていたはず。平安時代の貴族の萌黄色の衣に似ているからと、その名が付いたらしい。
朔夜は木の前に立ち、言葉にはせず、胸の奥でそっと祈りを落とす。淡い緑の花弁は翡翠のように繊細な輝きを纏い、仄かに咲き誇っていた。
四月八日は花祭り。それまでに花守として花御堂の花を選定して飾らねばならない。今年は九つの寺院分を任されており、使う花の取り合わせも決まっている。
だが、問題は別にあった。
「今年は降るか……、降らないか……」
──────催花雨。
春にしとしとと降る長雨のこと。転じて、植物の開花を促す雨として知られる。この世界においても、それは欠かせぬ季節の理であった。
元の管理神である花の女神様曰く、その雨が降る年は植物の育ちが格段に違うのだそうだ。花の寿命が伸びれば、自ずと管理神の管轄である、黄泉へと続く花道にも影響が及ぶ。この御神木はその最たる象徴のようなもので、開花した数だけ己の仕事ぶりを測られるのだ。
花は飾りではなく、生と死を結ぶ掛け橋であり、世界は違えどこの場所は魂の帰る場所と確かに繋がっていた。
故に手を抜くことは許されない。あの御方を怒らせれば、後が怖いのだ。見た目は、他の女神様方の中でもひときわ美しく、青磁のように澄んだ面差しをしている。だが一度怒りに触れれば──その静けさがそのまま恐怖へと変わる。
それを身をもって知った朔夜は、罪滅ぼしの意も込めて、今日も変わらず仕事に勤しむ。どうか、今年も無事に雨が降るようにと、そう願って。




