春爛漫
私の最後の言葉で、卯月は再び姿を現した。
「……読み聞かせは以上です。ありがとうございました」
しんと張りつめていた空気を割くように、ぽつり、ぽつりと拍手が湧き起こり、
「うさぎさん、よかったね」
「かんどうした〜」
子供達の真っ直ぐな声に、胸の奥がふっと緩む。
途中、何度も言葉を噛みそうになったけれど、こうして無事に最後まで読み終えることが出来て、ほっと息を吐いた。
「さぁ、この後はいよいよお食事会ですよ〜」
ざらめさんの朗らかな声に、しんみりとした余韻はあっという間に日常の色へと塗り替えられる。
「ご飯だ〜!」
「おなかすいたー!」
「なに食べれるのー?」
子供達の関心は、すっかり物語からお腹の中へと移ってしまったようだ。
「せっかくですし、お花見にしましょう!」
その言葉に導かれ、私たちは以前も訪れた、平安と江戸の架け橋――永元橋のすぐ側へと向かう。
緩やかな丘一面に桜木が並び、花見には打って付けの場所なのである。
「だしまき、おいしい〜」
「おむらいすもあるー!」
重箱の中には、だし巻き卵にオムライス、オムレツ、卵サンド、目玉焼き、親子丼まで、実に多種多様な卵料理が詰め込まれていた。それらは子供達の手によって、あっという間に姿を消していく。
デザートは、ふんわり焼き上げたフレンチトーストと、滑らかで優しい口溶けのプリン。子供達の賑やかな声を聞きながらのお花見も、なかなか乙なもの。
「そういえば、照葉さんの演出もなかなかでしたね。見事なオチでした」
「確かに、首の長い姐さん見たの何年ぶりだろう」
「初めて会った時に見せたから、ちょうど二年前かしら」
なかなか初見で見ると即倒しそうだが、あれはあれで見応えがあった。
「それより、何より、僕の演出良かったでしょ〜! 光がぱぁ〜って弾けて消えるところ」
「もう、卯月も打ち合わせの時は一言も言ってくれなかったのに。急にアドリブなんて、びっくりするでしょ」
ドクドクと激しい鼓動を押さえつけ、何とか頑張った自分を褒めてほしいものだ。
「敵を騙すには、先ず味方からって言うでしょ〜。胡和ちゃんの朗読、すごく良かったよ〜」
卯月の頭を撫でつつ、桜の下で一息吐いていると、裾をちょんと引かれた。
振り向くと、そこには十歳くらいの女の子が立っていて、艶のある茶髪を肩口で揃え、少しだけ首を傾げてこちらを見上げていたのだ。
「いつも、曽祖父がお世話になっております」
彼女は柔らかい声でそう言うと、静かにお辞儀した。曽祖父ということは、もしかして館長さんの曾孫というのはこの子だろうか。
「ご丁寧にどうも。こちらこそ、館長さんにはいつもお世話になっております」
見た目と違って、なかなか大人びた発言に驚きつつも、失礼に当たらないよう返答する。
「お姉さん達のお話、とても面白かったです。本当のことを言うと、御爺様の朗読よりも、うんと素晴らしかったわ」
少女は、満面の笑みでそう言って「内緒よ」と小さく口元に指を当てた。
「そりゃあ、私達たくさん練習したもの。当然よね〜」
余花さんは後ろから、ひょいと顔を覗かせて、ほくそ笑む。
「演出も面白かったし」
「もう〜、皆さん頭の上に色々生やさないでくださいよね。肝心の兎耳の出番が無くなるじゃないですか」
ざらめさんは頬を膨らませて、ご立腹の様子。
「だって、猫可愛いし」
「確かに猫も可愛いけれど、私はうさぎさん大好きだよ」
彼女はそう言って、ミニバスケットの中に入っていたイースターエッグを弄ぶ。
そのイースターエッグたちも、私達の手に余るので、全て持ち帰り自由ということになった。
「お月様にはうさぎさんが居るんだよね。いないって思う人の月と、いるって思う人の月は違って見えると思うの」
その言葉に、胸の奥が微かに熱くなるのを感じた。
「私もそう思うよ。今夜のお月様には、うさぎさんがきっと居る気がするから」
私の言葉に、彼女はにこっと笑う。
「今日の読み聞かせのお礼に、お姉さん達へプレゼント!」
そっと掌を開くと、其処にあったのは白くて丸い小さな欠片。石のようでもあり、陶の破片のようでもある。
「これね……」
少女は、少しだけ困ったように笑う。
「月の欠片」
指先で触れると硬いはずなのに、一瞬だけ柔らかく感じる。それは錯覚のようで、でも確かにそこにあった。
「食べちゃだめだよ」
特にざらめさんに念を押すように言ってから、彼女は付け足す。
「私の神力を込めているから、持っていると良いことあるかもね」
まだ日は高く、月の姿は見えない。それでも――確かに、そこに在る気がした。
「ありがとう。大切にするね」
そう答えると、彼女は満足そうに頷き、友達の居る賑やかな方へと駆け戻って行く。
「打ち出の小槌みたいに、振ったら何か出てくるかな」
「神様のご利益って、そういうものじゃないと思うけれど」
照葉さんの言葉に私も同意。
「とにかく、美味しいものたくさん食べられますように」
ざらめさんと卯月は何やら、懸命に欠片へ祈っているようだった。食への執着が凄まじいふたりらしい。
淡い月の光に似た白い桜の花びらを浴びながら、私は手の中に光るそれをそっと握り締めた。
それは、七年前に領主様からいただいた、真白のブレスレットの石に似ていたからかもしれない。




