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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第五章(最終章):未来キャンバスと、素顔の肖像画(ポートレート)

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第95話:五枚の瑞恵さんと、欠けているピース

デッサンから進んだ時、詳細に描いていくが、それにはモデルが必要だ。

この絵については、典子先輩に頼んでみようというのである。


『ありがとう、見せてくれて。

やっぱり、誉田くんの絵、私、好きよ』


『慎一くん、わぁ、いっぺあっちぇ……。

なんだか、じゃすこぎでぇ、がまんなんね』


付き合ってる時間が長い、仲良しカップルと言ったら、典子先輩と田辺先輩しか思い浮かばない。

きっと、瑞恵さんが塩浜さんを見る眼差しは、典子先輩のそれに近いのではないか。


『……捕まっちゃった。

ふふ、悪い人ね……』


『幸せな奥さんだって、たまには『違う私』になってみたくなるの……』


典子先輩のあの熱っぽい視線なら、この欠けているピースを埋められるかもしれない。


「……きっと会いに行きますよ、瑞恵さん。

待っていてください」


イーゼルから画用紙をはずし、別のデッサンを進めようとしていた時だった。


「……色……熱……足りなくなっちゃった……」


背後から、ひやりとした声が届いた。


振り返ると、そこにはつくばさんが立っていた。

大学の課題がうまくいっていないのだろう、彼女の瞳はかつてないほど濁り、焦点が定まっていない。


「つくばさん……お姉ちゃん」


「全然ピンとこないの……。

やっぱり、あなたが、灯くんが必要ね」


「ちょ……何を……!」


つくばさんは、俺の制止を待たずに背後から抱きついてきた。

俺のうなじに顔を埋め、大きく息を吸い込む。

以前なら、彼女はここで俺の「熱」を吸い取り、創作のエネルギーへと変えていたはずだ。


「……? ……あら?」


つくばさんの体が、硬直した。

顔をうずめたまま、彼女は困惑したように声を漏らす。


「どうして……? 色も熱も……入ってこない。

……え?」


俺の身体に巻かれた腕に力がこもる。


「いつもなら、こうしているだけでビンビンとアイデアが湧いてくるのに……」


「お姉ちゃん……もう、俺……

お姉ちゃんの『画材』には慣れないと思う」


つくばさんの腕をさする。


今の俺からは、陽菜が唇や首筋に刻んだ俺への想い、そして塩浜さんの瑞恵さんの想いが混じり合った「色彩」「匂い」ともいうものが溢れているはずだ。


それは、つくばさんが求める「無機質で純粋な美」とは、対極にあるものだ。


「……自信、持ちなよ」


「……やだ。やだよ、灯くん……。

私、どうしたらいいの……」


密着した身体から、姉と慕った人の震えが伝わる。


昭和ノスタルジー横丁での日々。


塩浜さんの想いが詰まったスケッチブック。


そして『半分こ』とはにかむ陽菜の想い。


いろんなものが混じり合い、俺は「俺の色彩」と言うべきものを得た。

それはわずかではあるが、確実に宿っている。

それは、俺はつくばさんの望む、無色透明のモブではなくなってしまったことを意味する。


「そんな……いやよ」


声も震え始め、耳元には押し殺した嗚咽が漏れる。


「お姉ちゃん……」


カラン。


持っていた鉛筆が落ちる。

回されていた腕をゆっくりとほどこうと、手を重ね、力をこめる。

俺の耳の横でいやいやをする姉。


「いやよ……まだ、灯くんが必要なのに……」


ゆっくりと回された腕をほどく。


抵抗はなかった。


立ち上がって向かい合う。


くすんだラベンダーカラーの前髪の奥に光る潤んだ瞳と大粒の涙。


「あなたがいなかったら……私……どうしたらいいのよ……」

【担当:誉田灯(情念の画家/高校生)】

豆炭の芋、結露した窓の文字、霞ヶ浦の夕暮れ。

塩浜さんの記憶から引き出した、五つの「瑞恵さん」。

だけど、最後のパズルがどうしてもはまらない。

この「はしゃぐ空気感」を描くには、今の俺たちではまだ幼すぎるんだ。

……典子先輩。先輩たちのあの「熱い視線」なら、このピースを埋められるでしょうか。


次回、第96話『無機質な美の終焉、あるいは共犯者の卒業』 「色も熱も……入ってこない」。つくばさんの絶望が、俺を後ろから包み込む。

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