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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第五章(最終章):未来キャンバスと、素顔の肖像画(ポートレート)

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第92話:アトリエの残業と、お姉ちゃんの予感

『あなたは、私だけの『色』なのよ』


陽菜と横丁デートした日、バックヤードに俺を引きずり込んだつくばさんを思い出す。

あの時、犯行声明のように、俺に口紅たっぷりのキスをしたのだ。


一人っ子の俺は、小さい頃からつくばさんをお姉ちゃんと呼んでいて、彼女もまた、俺を弟みたいにかわいがってくれていた。

そして、俺を作品作りの『素材』としていたのだ。


『だけど、灯くんが絵画教室とか今日みたいに手伝ってくれたりして、私の近くにいるときに、びびっと閃くのよ。それも何度も……』


常陸野造形美大へ、つくばさんの手伝いに行ったときに言われたことだ。

その時は、つくばさん自身の才能だから自信を持って欲しいのに、と思っていたが、今はそう思えなくなってきた。


きっと、俺が近くにいれば、お姉ちゃんは才能が増幅されるのではないか。

そう思うと、彼女の言うことも辻褄(つじつま)が合うように感じる。


『いっそ、君を私のアトリエに監禁してしまいたい』


バックヤードに連れ込まれたとき、こうも言われた。

つくばさんは、大学の課題で苦戦しているはずだ。

あの時、妙な空気の中で囁かれたことではあるが、あながち熱に浮かれた言葉でもないのかもしれない。


つくばさんが何か言いかけたとき、俺のスマホがブブブと震えた。

内ポケットに手を添える。

バイブパターンで陽菜ということはすぐにわかった。


振動音はつくばさんにも聞こえているはずだ。

だいいち、口パクで「じゃあね」と言って手を振っているじゃないか。


でも、電話に出ながらアトリエを出るのも見送る美大生に失礼だ。

ブブブ、ブブブと震えるスマホをそのままにして玄関を出る。

背中に視線を感じて振り返ると、涙目のつくばさんが俺を見つめていた。


「え?あ……き、気をつけてね」


まさか俺が振り返らないと思っていたのだろう。

悲しそうな顔はほんの一瞬で、すぐにニコニコと手を振ってきた。


「出なくていいの?」


ブブブ……ブブブ……ブブブ


俺は苦笑しながら首を振る。

ニヤニヤするつくばさん。


「お姉ちゃん……じゃあね」


ガチャリとドアを開けて、早足で外に出ると、俺は「着信 : 神栖陽菜」と表示されているスマホの通話ボタンをタップした。




「……で? なんで今まで黙ってたわけ?」


取り調べのように詰問する恋人。

翌日の放課後、俺はモールの柊珈琲店に連行されたのだった。


「いや、あの、なんて言うか……」


「質問に答えて」


冷たい声でぴしゃりと叱られる。

困ったな、と思いつつもちょっと嬉しい自分がいる。


「なぁにニヤニヤしてんの!怒ってるの!わ・た・し!」


ブシュウウウウっ!


エスプレッソマシンの蒸気音が響く。


本人は押し殺しているつもりだが、元が体育会系なので、ばっちりお店に響いている陽菜の声。

店内をチラ見をする限り、俺たちの席の会話を他のお客さんはおろか、佐倉さんたち店員さんまでもが、耳をそばだてて聞いている。


周囲の視線に気付かない様子で、詰問する彼女。


「岩瀬さん、ともくんのこと、灯くんて呼び始めたでしょ。

ヘンだなと思ってあの娘に聞いたら……!」


お茶受けのクラッカーをボリッとかじって腕組みする幼なじみ。


「ニコッとして『絵師の灯くんのファンになったので』ってイラストサイト見せてきたんだよ!」


鈴江ちゃんが知っていて、陽菜が知らないのが彼女のカンに触ったらしい。

投稿を始めたのは陽菜と付き合うずっと前だから、知らせる必要もなかったけど、今のご立腹少女にそれを言っても逆効果だ。


「悪かったよ……でも、自信もないのに投稿してるとか、さすがに恥ずかしくてさ」


口の中がパサついてくる。

コーヒーを一口すすりたいけど、射貫く視線がそうさせてくれない。


「……すず……岩瀬さんが俺を『残響画廊(こだまがろう)』のTorch(トーチ)だと突き止めたのだって、本当に偶然だったんだよ」


幼なじみの目が据わる。


「……今、鈴江ちゃんって言いかけたでしょ?」

【担当:つくば(美大生/灯の「お姉ちゃん」)】

灯くんの隣にいると、私の才能は「色」を得る。

ずっとそう信じて、あなたを私の最高の「素材(弟)」にしてきた。

……でも、今のあなたは、私の知らない誰かの熱に侵されている。

ねえ、そのスマホの振動は……あの「看板娘」からの連絡なの? 行かないで。

私を、この冷たいアトリエに一人きりにしないで。

次回、第93話『柊珈琲店の公開処刑、あるいは嫉妬のラテ』 「質問に答えて」。陽菜の冷たい声が、エスプレッソの蒸気に混ざる。


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