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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第五章(最終章):未来キャンバスと、素顔の肖像画(ポートレート)

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第137話:プロのケジメ、タクシー窓越しの清算

「……あの、こちらで大丈夫です」


俺が告げると、タクシーが静かに停車した。

いつもの公園の入り口である。


「少し……二人で歩いて帰ります」


降車した俺と陽菜を見送るように、助手席から大野さんが後部座席へと移り、塩浜さんの隣に座る。


バタン。


「じゃ、気をつけてな……楽しかったぞ。また、レッスンで」


ウィィィン……


パワーウィンドウが上がっていく。


俺は内ポケットに手を当てた。

渡すなら、今、だ。


「はい。今日は本当に、ありがとうございました……あの!」


「どうした」


俺は内ポケットから、少し薄くなった茶封筒を取り出した。


あら、という顔をする大野さん。

典子先輩モデルのデッサンにダメ出しをもらったとき、ファミレスで『画材を買え』と大野さんから渡されたお金だ。


「これ、お返しします。制作費として画材と……

モデルの食事代を引いたお釣りです。

レシートも中に入ってます」


「え!?ち、ちょっと!」


陽菜にペシンと肩をはたかれる。


「ははは。怒るな陽菜ちゃん。今日の君を見ていたら、わかる気がする」


茶封筒を受け取りながら、依頼主が陽菜をなだめる。


「だって……」


口を尖らせる彼女を見ながら、塩浜さんが俺に言う。


「陽菜ちゃんがメシをうまそうに食べる顔……

あれがなければ、瑞恵は呼べなかった。違うか?」


俺を振り返る幼馴染。

驚いているのが感覚でわかる。


「……はい」


「と、いうことだ。

だから、陽菜ちゃん……あまり灯くんを責めたらいかんぞ」


柔和な顔で立腹少女に釘を刺すと、塩浜さんは茶封筒をひょいと掲げた。


「制作費の残り、確かに受け取ったぞ」


「ありがとうございます」


「灯くん、自信を持ちなさい……

君は、もう立派な画家だ……では、な」


窓がしまると、タクシーが滑るように発車する。

テールランプが夜の闇に溶けていくまで、俺たちは並んで深々とお辞儀をした。


「……行っちゃったね」


俺の手を握った陽菜が、ポツリと呟いた。


「ああ。これで、塩浜さんの仕事も終わった」


大きく息を吐き出した俺を陽菜が小突く。


「もぉっ、あんなこと言わないでよ」


「だって、言っとかないと……

画材を買ったのに、ファミレスのレシートが出てきたら、いくらなんでも変じゃないか」


「妙なところ、マジメねぇ」


俺は、ずっしりと重い『ツダシゲ商会』のトートバッグを抱え直した。


仕事は考えうる最高の形で終わることができた。


ただ、中に入っているシガーボックスやペン軸という、時代を駆け抜けた人の想いが、品物そのものの重さより、ずっと重く感じられた。


『大金を渡したらロクなことにならない』と、塩浜さんは言ったけど、代わりに頂いたものの方が、よほど価値があるように思う。


「ちょっと、座るか?」


「うん、ちょっと、お腹いっぱいだから、座りたいな///」


いつもように、手をつないでいつものベンチに向かう。

違うのは、俺と陽菜の服装くらいだ。


誰もいない公園に、彼女のパンプスの音が響く。


「美味しかったね……下総亭のご飯って、あんななんだね」


「なぁ、陽菜……」


しっとりとした体温が伝わり、視線を頰に感じる。


「そのワンピース……あの口紅に合わせたんじゃないか?」

【担当:誉田灯(情念の画家/高校生)】

走り去るタクシーのテールランプ。

「君は、もう立派な画家だ」。その一言を抱えて、俺は日常に戻る。

隣には、ボルドーのワンピースが似合う、俺の大切なパートナー。

陽菜。君のその色が、瑞恵さんを、そして俺の未来を照らしてくれたんだ。


次回、第138話(最終回)『アリザリンの約束、燃える瞳の未来』


俺も陽菜が好きだ。これからも、そばにいてくれないか。


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