第134話:贈りもの、過去から託された「家」
カチャン……カチャン
ウーロン茶を一口飲んでコールスローに箸を伸ばした。
クリーミーなドレッシングの酸味とキャベツのほのかな甘み、そして歯ごたえが口に広がる。
これだけでもじゅうぶんに美味しくて、いくらでも食べられそうだ。
「……美味しい。なんかこれだけで、いくらでも食べられそうだね」
隣の陽菜が俺が考えていたことを口に出した。
コクコクうなずいて、また一口食べる。
そんな様子を見て、塩浜さんと大野さんは、柔和な顔でワインを傾けていた。
コトリ……コトリ
「わあ……こっちも美味しそう///」
あっという間に前菜を食べた俺たち二人に、ロールキャベツの乗った皿が置かれる。
湯気とともに、コンソメと野菜、肉といった素材が煮込まれて混ざり合った、旨みともいうべき匂いが鼻をくすぐる。
ナイフを入れて、崩れそうなロールキャベツを放り込むように口に入れる。
お皿にひたされたスープが全体に染み渡っていて、気をつけないと口からこぼしてしまいそうだ。
「んふぅっ……おいひい」
「陽菜ちゃんは、本当に美味しそうに食べるわねぇ」
お酒のせいか、ほんのり赤らんでいる大野さんが感心したようにいう。
「そうなんです、いっしょに食べていると、こっちもお腹いっぱいになりそうで」
画材を買い出しに行ったときも、ジョイフル本田のフードコートで、満面の笑みを浮かべて豪快に食べていた。
俺がパスタをすする真ん前で、天丼や大盛りラーメンが手品のように消えていったのを強烈に覚えている。
「ヤダ、ちょっとやめてよ///」
「良いんだ良いんだ、男も女も食いっぷりがよくないとな、ロクな仕事はできんよ」
ガハハと笑う塩浜さん。
タクシーの慌てぶりはお酒で霧散したのか、茨城のドンはすっかりご機嫌なのであった。
あまりの美味しさに、予定より早く食べきってしまったのだろう、次の料理が出てくるまで間があった。
「ねぇしげさん、今のうちにお渡しになったら?」
大野さんが塩浜さんの肩に手を置いて言う。
おお、とうなずいて、塩浜さんはテーブルの下からデニムのトートバッグを取り出した。
見覚えのあるロゴがプリントされている。
「ツダシゲ……商会?これって……?」
「ワシらからの、本当のお礼だ。
よく、瑞恵を呼び戻してくれたな」
受け取った俺の目を見て、塩浜さんが噛みしめるように言う。
「金もいいが、若い時に大金を持つとろくな事にならん。
……その代わり、灯くんには、一生使える『本物の道具』を持っていてほしい、そう思って持ってきた」
トートバッグを陽菜といっしょに覗き込むと、紅く艶めく木箱とペン軸が数本、そして、白い包み紙の何かが入っていた。
贈り主に促されて、一種類ごとに並べる。
「包み紙の物以外は、ワシが使っていたものだ。
ちと古いがモノはいい。まともに買うと、それなりに値は張るぞ」
塩浜さんが言うには、木箱はローズウッドのシガーボックスだという。
深い紅に染まった木箱の側面は、深く絡み合うような唐草模様の精巧な彫刻。
そして蓋の天面には、今まさに獲物へ飛びかからんとする、鋭い爪を剥き出した猛禽類が彫り込まれていた。
パッと見ただけで、高級品だとわかった。
それも、超がつく。
「何年か前まで葉巻をやっていたが……もう、それもやめたんだ」
うなずきながら、塩浜さんを見る。
今でも迫力あるおじいちゃんなのに、さらに葉巻を咥えて煙を吐き出していたのだ。
あまりにも似合う。
その当時に会っていたら、その姿だけで怖くて泣いてしまいそうだ。
「綺麗な彫刻だね……鳥さんも動き出しそう」
陽菜がポツリという。
俺は無意識に手を伸ばして浮き出るように彫られた翼をなぞった。
ここまで彫り上げるまで、どれだけ時間を費やしたのだろう。
想像がつかない。
「すごい……あ……!」
なぞった跡から、何かが浮き出ているように見えた。
【担当:塩浜重三郎(実業家/元県議会議員)】
道具には、帰る場所が必要だ。
ワシが若かりし頃、銀座で手に入れた純銀の補助軸。
三人の誰も使いこなせなかったこの道具が、灯くんの手なら馴染む気がした。
使い込めば使い込むほど、その者の人生が、銀に刻まれていく。
次回、第135話『純銀の補助軸、磨き上げる人生』
灯くん。新品とは違う、年月という輝きを、お前さんが作ってくれ。




