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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第五章(最終章):未来キャンバスと、素顔の肖像画(ポートレート)

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第134話:贈りもの、過去から託された「家」

カチャン……カチャン


ウーロン茶を一口飲んでコールスローに箸を伸ばした。

クリーミーなドレッシングの酸味とキャベツのほのかな甘み、そして歯ごたえが口に広がる。


これだけでもじゅうぶんに美味しくて、いくらでも食べられそうだ。


「……美味しい。なんかこれだけで、いくらでも食べられそうだね」


隣の陽菜が俺が考えていたことを口に出した。

コクコクうなずいて、また一口食べる。


そんな様子を見て、塩浜さんと大野さんは、柔和な顔でワインを傾けていた。


コトリ……コトリ


「わあ……こっちも美味しそう///」


あっという間に前菜を食べた俺たち二人に、ロールキャベツの乗った皿が置かれる。

湯気とともに、コンソメと野菜、肉といった素材が煮込まれて混ざり合った、旨みともいうべき匂いが鼻をくすぐる。


ナイフを入れて、崩れそうなロールキャベツを放り込むように口に入れる。

お皿にひたされたスープが全体に染み渡っていて、気をつけないと口からこぼしてしまいそうだ。


「んふぅっ……おいひい」


「陽菜ちゃんは、本当に美味しそうに食べるわねぇ」


お酒のせいか、ほんのり赤らんでいる大野さんが感心したようにいう。


「そうなんです、いっしょに食べていると、こっちもお腹いっぱいになりそうで」


画材を買い出しに行ったときも、ジョイフル本田のフードコートで、満面の笑みを浮かべて豪快に食べていた。


俺がパスタをすする真ん前で、天丼や大盛りラーメンが手品のように消えていったのを強烈に覚えている。


「ヤダ、ちょっとやめてよ///」


「良いんだ良いんだ、男も女も食いっぷりがよくないとな、ロクな仕事はできんよ」


ガハハと笑う塩浜さん。

タクシーの慌てぶりはお酒で霧散したのか、茨城のドンはすっかりご機嫌なのであった。


あまりの美味しさに、予定より早く食べきってしまったのだろう、次の料理が出てくるまで間があった。


「ねぇしげさん、今のうちにお渡しになったら?」


大野さんが塩浜さんの肩に手を置いて言う。

おお、とうなずいて、塩浜さんはテーブルの下からデニムのトートバッグを取り出した。

見覚えのあるロゴがプリントされている。


「ツダシゲ……商会?これって……?」


「ワシらからの、本当のお礼だ。

よく、瑞恵を呼び戻してくれたな」


受け取った俺の目を見て、塩浜さんが噛みしめるように言う。


「金もいいが、若い時に大金を持つとろくな事にならん。

……その代わり、灯くんには、一生使える『本物の道具』を持っていてほしい、そう思って持ってきた」


トートバッグを陽菜といっしょに覗き込むと、紅く艶めく木箱とペン軸が数本、そして、白い包み紙の何かが入っていた。


贈り主に促されて、一種類ごとに並べる。


「包み紙の物以外は、ワシが使っていたものだ。

ちと古いがモノはいい。まともに買うと、それなりに値は張るぞ」


塩浜さんが言うには、木箱はローズウッドのシガーボックスだという。


深い紅に染まった木箱の側面は、深く絡み合うような唐草模様の精巧な彫刻。

そして蓋の天面には、今まさに獲物へ飛びかからんとする、鋭い爪を剥き出した猛禽類が彫り込まれていた。


パッと見ただけで、高級品だとわかった。


それも、超がつく。


「何年か前まで葉巻をやっていたが……もう、それもやめたんだ」


うなずきながら、塩浜さんを見る。

今でも迫力あるおじいちゃんなのに、さらに葉巻を咥えて煙を吐き出していたのだ。


あまりにも似合う。


その当時に会っていたら、その姿だけで怖くて泣いてしまいそうだ。


「綺麗な彫刻だね……鳥さんも動き出しそう」


陽菜がポツリという。

俺は無意識に手を伸ばして浮き出るように彫られた翼をなぞった。


ここまで彫り上げるまで、どれだけ時間を費やしたのだろう。


想像がつかない。


「すごい……あ……!」


なぞった跡から、何かが浮き出ているように見えた。

【担当:塩浜重三郎(実業家/元県議会議員)】

道具には、帰る場所が必要だ。

ワシが若かりし頃、銀座で手に入れた純銀の補助軸。

三人の誰も使いこなせなかったこの道具が、灯くんの手なら馴染む気がした。

使い込めば使い込むほど、その者の人生が、銀に刻まれていく。


次回、第135話『純銀の補助軸、磨き上げる人生』


灯くん。新品とは違う、年月という輝きを、お前さんが作ってくれ。

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