第130話:鈴江への報告、デフラグ不要の感情
文化祭のメイド服。
横丁のデートで着ていた生成り色のワンピース。
そして、ボルドー色の今日の服。
ジャージ姿ばかり見てきたけど、幼なじみから彼氏になって、こんな可愛らしい姿になるなんて初めて知った。
「あのう……陽菜……」
「……?」
心臓が高鳴る。
「今日みたいな陽菜……もっとみたい……ダメかな?」
ガガガッ!
「うおっ!」
腕をからめたまま、陽菜が急に立ち止まったので、後ろにつんのめる。
服越しに恋人の体温が上がっているのがわかる。
「ほん……と?」
コクコクとうなずく俺。
「か……考えておく……///」
ぜひ!という言葉が喉から出かかるが、これから塩浜さんたちと会食なのに、二人してデレデレしていたら叱られそうだ。
陽菜にうなずいた俺は、彼女を促して歩き始める。
カツカツ、カツカツ
「ねぇ、そういえば、今日、どこでご飯食べるのかな?」
「教えてくれなかったよ。元政治家さんだからなー。高級料亭とか……?
ドラマとかでよくあるじゃん。企業の重役とかとヤバい相談してんの」
「やだ、お誘いされたのに、不謹慎ねぇ」
いつもの調子で笑い合う。
田辺先輩たちが重ねてきたものは、もしかしたら、こういう何でもないやり取りなのかもしれない。
何でもない二人だけの積み重ねが、ふと気がついた時に特別なことに変わっているのだ。
肖像画に「みぃちゃん」と呼びかけた塩浜さんも、きっとそうなのだろう。
改札機が見えてきた。
大野さんが指定した待ち合わせ場所は、改札を出たあたりだ。
ポケットの定期入れをつまむ。
定期入れに入っている、鈴江ちゃんから友達の証としてもらった栞。
つい数日前、図書室で見た鈴江ちゃんのにこやかな顔を思い出す。
肖像画を納めたことと、借りている期限が近いこともあって、集めてくれたツダシゲ商会やTSEグループの資料を返却しに、図書室に行ったのだ。
鈴江ちゃんが返却カウンターに座り、生徒たちの返却に対応しだしたのを見計らって、資料を抱えて列に並ぶ。
ほどなくして、俺の番になると、わずかに目を細めた図書委員は、本を置いてとゼスチャーした。
俺の後ろに人はいない。
重ねた本を置いたあと、わざとらしく一番上の本に封筒を挟んで鈴江ちゃんへ押し出した。
封筒と俺を見比べた図書委員。
目配せしてうなずく俺。
封筒には『ご報告と資料協力のお礼』と書いた付せんを貼った。
「……?」
再び俺を見る、鈴江ちゃん。
俺の作品のファンである彼女にうなずいて、中身を見てと目で促した。
こちらと他の図書委員をちらちら見ながら、こそこそと封筒を改める。
折りたたまれた三枚の紙を広げた。
「……!!」
眼鏡の奥の目が大きく見開かれる。
鈴江ちゃんの小動物顔と相まって、驚愕の様子が手に取るようにわかる。
二枚はスマホで撮った、瑞恵さんの肖像画を上質紙でプリントアウトしたもの。
三枚目はレポート用紙に書いたメッセージだ。
『僕の最新作です。
あなたが集めてくれた資料に関係する人の肖像画です。
この二つの作品はある人から依頼されて描きました。とても喜んでもらえました。
鈴江ちゃんの協力が無ければ、きっとここまでのクオリティにはならなかったと思います。
本当に、ありがとう』
鈴江ちゃんは眼鏡のブリッジをクイっとあげて、俺を見上げた。
顔が赤らみ、瞳が少し潤んでいる。
俺は、ゆっくりとお辞儀をして、背を向けて出口に向かう。
出る寸前、振り返ると、鈴江ちゃんはニコリとして手を振ってくれた。
初めて見た鈴江ちゃんの柔らかな笑顔。
レポートにはお礼に続き、一文を添えた。
『気持ちはデフラグしなくていいからね。僕の作品のファンでいてください 灯』
【担当:神栖陽菜(陸上部/灯の幼なじみ)】
自動改札で引っかかる灯くん、相変わらずマヌケだなぁ。
でも、大野さんに会った瞬間に背筋が伸びた。
タクシーの中に座っているのは、あのおじいちゃん。
……緊張する。私の心臓、灯くんにも聞こえてるかな。
次回、第131話『タクシーの沈黙、茨城のドンの圧』
し、しつれいします!……神栖陽菜です!




