第129話:電車の揺れと、ボルドーの秘密
カタンカタン。
カタンカタン。
『まもなく、土浦……土浦です。お忘れ物無いよう、ご注意ください』
「ねぇ灯くん、まだ疲れが取れないの?」
思わずあくびをした陽菜にたしなめられる。
土曜の午後、夕方というには少し早い時間帯。
空いている常磐線の車内。
陽菜と座席に座って揺られていると、ついウトウトとしてしまう。
俺自身、持てるものを全部注ぎ込んで描いた、瑞恵さんの肖像画。
塩浜さんは絶賛して受け取ってくれた。
依頼は果たせたのだ。
だけど、学校以外の時間を制作につぎ込んだだけあって、思った以上に疲れていた。
描いていたときは、アドレナリンが出ていたので平気だった。
しかし、完成して塩浜さんに渡し、ホッとしたらどっと疲れがやってきた。
ここ一週間くらい、学校と絵画教室以外は寝てばかりだったけど、ようやく普段の生活に戻れてきたかな、というところだ。
そんなとき、絵画教室のレッスン後、塩浜さんと大野さんに呼び止められた。
肖像画制作のお礼に食事をしようというのである。
「モデルをしてくれた女の子がいると言ったな、その子も連れて来たらいい」
回りくどい言い方で陽菜を連れてこいという、元県議会議員。
「あら、しげさん、そんな言い方なさって……」
ふふふ、と笑いながら、塩浜さんをたしなめた元議員秘書は俺にいたずらっぽく言うのだった。
「灯くん、しげさんはね、モデルになってくれた、あなたの彼女さんを見たいんですって。
ちゃんとそう言ったら良いのに……ね」
「おいおい、そんな身も蓋もない……」
俺の描いた瑞恵さんを気に入ったそうで、絵画教室でも上機嫌な依頼主とそのパートナーの掛け合いは、いつも以上に弾むのだった。
大野さんが教えてくれたところでは、塩浜さんが完成品を見たその日、帰り道に知り合いの業者さんに自分で電話をかけて、配送を手配したという。
そして、その翌日には、アトリエにきた業者さんによって厳重に梱包されて塩浜さんのご自宅に運ばれたそうだ。
カタン……カタン
カタン……カタン
カ……タン
プシュウウウ……
「ほら、着いたよ、降りましょ」
お母さんと子供みたいに手を引っ張られて降車する俺と陽菜。
待ち合わせ場所は土浦とのことだった。
自宅から自転車で行ける距離だけど、塩浜さんとどこに行くかわからないし、おしゃれした陽菜もいるので、電車でやってきたのだった。
「それにしても……
ねぇ、本当に私も行っていいって言ってたの?」
ホームを歩きながら、俺に尋ねる幼なじみ。
パンプスのヒールがカツカツと音を立てる。
「本当も何も……ウソなわけないだろ?
なにせ、塩浜さんたちが、陽菜を連れてこいっていってたんだぞ」
待ち合わせ場所は改札前とのことだった。
歩いていると、ジャケットからほのかに香るクリーニングの匂い。
日立先生から頂いたチャコールのジャケットは俺のお気に入りで、ちょっとした時にはいつも着ていく。
塩浜さんとの食事ということもあり、クリーニングに出してパリッとしてもらった。
「あんまり早く歩かないでよ。
スニーカーじゃないから、やっぱり慣れなくて///」
カッカッカッ。
俺に追いついて、腕をからめる。
しなやかな陽菜の身体の感触が腕越しに感じられて、胸が高鳴る。
ボルドー色の赤いワンピースにレースタイ、フリルのブラウスというお嬢様みたいな服装の陽菜は、今日はいつものポニーテールをおろしていた。
ふわりと広がる髪から漂う、甘く爽やかな香り。
腕をからめる彼女をまじまじと見る。
視線に気付いて顔を上げる幼なじみ。
「それにしても……陽菜、その服、なんだかすごく着慣れてる感じがするな」
陸上部の休みを縫って、彼女と出かけたりするのだが、今日の服装はみたことがなかった。
だからといって、買ったばかりの真新しさも無かった。
多分、何回か着ているのではないか。
彼女としての期間は短いけど、付き合いじたいは長いので、こうした「初めて見る、こなれた服装」を見ると、なんだか寂しい。
陽菜は少し顔を赤くして視線を逸らし、ボソボソと言った。
「そ、そうかな? ……たまたまだよ、たまたま。そう見えるだけ///」
【担当:誉田灯(情念の画家/高校生)】
陽菜と並んで、土浦駅の待ち合わせ場所に向かう。
ボルドーのワンピースを纏った彼女は、見たことがないくらい大人びていた。
ふとした時に思い出す、図書室での鈴江ちゃんの笑顔。
資料を返した時の、あの「ありがとう」。
……俺も、一歩ずつ進めているかな。
次回、第130話『鈴江への報告、デフラグ不要の感情』
鈴江ちゃん。君がくれた資料が、この作品の血となり肉となったんだ。




