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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第五章(最終章):未来キャンバスと、素顔の肖像画(ポートレート)

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第126話:完成、そして響いた「ありがとう」

エネルギー溢れるパートナーの危うさを誰よりも知り、誰よりもハラハラしてしまうのは、いつも隣にいるからこそだ。


俺だって「振り回されるこっちのことも考えてよ」と言いたくなるが、目指すところに燃え輝いて、全力疾走しているのを見ると、言葉をグッと飲み込んでしまう。


そして、息切れしながら遠ざかるパートナーの背中を夢中で追いかけるしかないのだ。


瑞恵さんもきっと同じだ。


「本当、大変でしたね……」


そうつぶやきながら、俺は筆走らせ続ける。


そして、何日目かの深夜。

俺は着替えもせずにいた制服の袖を捲り上げ、ほぼ完成した二枚の絵を眺めていた。


「もうすぐですね……瑞恵さん」


定食屋の裸電球に照らされ、土埃に吹かれた、生命力に満ちた肌。


ツダシゲの二人に寄り添いながら、いざというときは盾にもなる覚悟を決めている、意志の強さを宿した瞳。


そして、ツダシゲ商会の窓口として躍動した、艶やかな髪の毛。


俺のありったけを注ぎこんで、すべて描き込んだ。


だが、その唇だけは、あえて肌色のまま残してある。

手元には陽菜が選んでくれた『アリザリン・クリムゾン』のチューブ。


「……よし、約束の口紅、引きますね」


写真の中の瑞恵さんにうなずき、俺はパレットの上に二つの広がりを作った。

そしてイエローオーカーとバーントアンバーを二つの広がりに微量を混ぜ、『純粋な赤』から『輝き続ける、戦友の赤』を作る。


「やはり、銀さん……力、借ります」


ここは絵筆を使うのが当たり前だ。

しかし、俺はこの口紅を引くのは、銀さんの刷毛を使うのが当たり前だと思った。


きっと、この刷毛を使わないと、瑞恵さんを呼べない。そう思った。


俺は刷毛のエッジを使い、パレットの真紅をすくい取る。

最初は賄いの一枚に引く、イエローオーカーが混ざる紅だ。


手が、震える。


まるで俺の震えを叱咤するように、刷毛がずっしりと重くなった。

しかし、 その重みが、かえって緊張感を保ってくれて心地いい。


大きく深呼吸をして気合を入れる。


賄いの笑顔を彩る唇の輪郭、そのわずかなズレも許されない場所に、俺は瑞恵さんの魂の紅を乗せた刷毛を慎重にあて、一息のもとに引く。


つつつつ……


集中力を切らさずに、今度はバーントアンバーの混じった紅を刷毛のエッジに乗せて、慎重に当てた後、一気に引く。


つ……つーっ。


「引けた……」


そして、細かい筆を入れ替えながら、唇の形を整え、柔らかな起伏を作っていく。

それは「色を塗る」作業ではなく、まるで彼女に体温が宿っていく感覚だった。


一気に密度を増した表情にハイライトを入れていく。

パレットのチタニウムホワイトを細筆ですくい、瞳の真ん中にチョンと置いた。


瑞恵さんに視線が生まれた。

二人の瑞恵さんが、キャンバスの向こう側から俺を見ている。


次に、チタニウムホワイトとイエローオーカーをほんの少し混ぜた、ウォームホワイトともいえる色を作り、鼻筋や頬に引いていく。


唇に続き、彼女の肌にも体温が宿っていく。


最後は、チタニウムホワイトにアリザリン・クリムゾンをほんの少し混ぜ、明るいピンクがかったホワイトを作る。


細筆ですくい、塗り重ねた紅が起伏を作っている唇にチョンと置いた。


「……できた」


大きく息を吐きだした瞬間、絵の空気が一変した。

完成した二人の瑞恵さんは、まるで慈しむような笑顔で俺を見つめ返している。


「……ありがとう、お兄さん」


「……!!!」


優しい女性の声がした。


俺は息が止まりそうになり、周囲を見渡した。


完成品の二人、デッサンの二人、そして写真の一人。

それぞれの瑞恵さんを凝視したが、それ以上は何も聞こえない。


空耳だろうか。


それとも、この部屋のどこかで俺を見守ってくれていたのだろうか。

耳の奥にはまだ、あたたかい吐息のような感覚が残っている。

深夜の静寂が、さっきまでとは違う、穏やかで優しいものに変わっていた。


そうか。

瑞恵さんは、来てくれたんだ。


「こちらこそ、ありがとうございます……お疲れさまでした」


一礼した俺は、俺は筆を置き、 スマホで写真を撮って陽菜に完成報告する。

送信ボタンを押すと、全身の力が抜け、心地よい虚脱感が襲う。


絵の具が乾燥したら、後はニスを引いて本当に完成だ。


やり切った。


今の俺にできること、そのすべてをキャンバスに刻み込むことができた。


ヨロヨロとベッドに倒れこむ俺を、五人の瑞恵さんは、ただ静かに、ねぎらう様に微笑みをたたえて見ていた。

【担当:大野喜美江(元県議会議員秘書)】

ついに、この日が来たわね。 灯くん、あなたの目は、もう以前とは違う。

日立先生のアトリエに置かれた、白い布がかかった二枚のイーゼル。

しげさん、準備はいいかしら。瑞恵さんが、そこで待っているわよ。


次回、第127話『最後の審判、アトリエの緊張感』


緊急の相談なんて、今日に限って商工会の人たちも……。しげさん、機嫌を直して!


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