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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第五章(最終章):未来キャンバスと、素顔の肖像画(ポートレート)

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第125話:パートナーの危うさ、隣にいる理由

シュッ……シュッ……シュッ


筆がキャンバスを擦る音だけが、深夜の部屋に響き続ける。


浮かび上がる瑞恵さんが、だんだんと、でも確実に、俺の方に歩み寄ろうとしていた。


心の底から愛する人であり、戦友である瑞恵さんのため、そして茨城の未舗装だった道と産業を舗装するという、とてつもない(こころざし)のために走り続けた塩浜さん。


鈴江ちゃんが揃えてくれた資料に書かれた伝説的な功績は、俺からしたらムチャクチャなものばかりだ。


常に地域を駆け回っていたツダシゲ二人の経験と勘で、交通の要所と予測した交差点や物流拠点に「ガソリンスタンド兼整備工場」を先行投資で次々と設置したこと。


それも道路が舗装される前に、だ。


新しいバイパスが開通する直前、のらりくらりの行政に業を煮やしたツダシゲ。

許可が間に合わないのを承知で、津田沼さんがプレハブを建て、塩浜さんがタンクを埋め、一晩で「勝手に」給油所を作ってしまったこと。


翌朝、行政指導に来た役人に、車が押し寄せた給油所を見せつけ「あんたらの許可が下りないせいで、茨城の人間を困らせるのか!」と一喝してその場で許可を出させたのだ。


さらに、 田舎企業だと馬鹿にして門前払いしようとした都内の自動車メーカーに対し、二人が作業着のまま乗り込んで、破格の条件で代理店契約を結ばせたり……。


『津田沼が車を引っ張ってきて、ワシがそこに血とも言える燃料を注ぎ込んだ。

……あの頃の茨城は、ワシらが動かしているっていう実感があったなぁ』


塩浜さんがあの頃の思い出話の合間に、楽しそうに言っていたことを思い出す。


でも……瑞恵さんからしたら、楽しいなんて言えるとは思えない。


塩浜さんには悪いけど、資料にある武勇伝は、後から『伝説的な功績』に見えるように整理された『綺麗な過去』だ。


資料で読んだ時代背景と二人の『功績』から考えてみる。

きっと実際には、本なんかに書けないようなムチャ、生々しい裏事情や駆け引きが、掃いて捨てるほどあったはずだ。


瑞恵さんからすれば、昇り龍のようなツダシゲ商会の裏側を知っているだけに、綱渡りのような恐怖の連続だったに違いない。


二人の功績の裏には、塩浜さんが個人で買うと言い張った初代クラウンを、こっそり社用車にしたような、表には決して語られない瑞恵さんの『影の活躍』があったはずだ。


横丁の仕事を通じて、華やかな裏側でたくさんのモールの人たちが立ち回っていたことを見てきた。

瑞恵さんのような『裏方』がいなければ、仕事は回らないことを俺は知ったつもりだ。


一歩間違うと会社が吹き飛ぶくらいの商談から帰ってきて「やった成立だ!」と笑う二人の後ろで、瑞恵さんが心の底から安堵の笑顔で祝福する。

その一方で、成立した商談をしっかり終わらせるための実務に、全神経を尖らせていたのではないか。


あるいは、周囲が避けるような無理なことに『俺たちがやるしかない』と彼らが泥を跳ね上げて奔走している間、彼女は事務所の電話の前で、彼らが『無事であること』を祈りつつ、何かあったときのことを考えて覚悟を決めていたのではないか。


瑞恵さんは、火の玉のようなエネルギーで疾走するツダシゲ二人の一番近くで、その陰とも言える部分を、独りで背負っていたに違いない。


しかも、誰にも言えずに一人で背負い続けていたのだ。


スケールは違うけど、俺に当てはめると、陽菜が「怪我しちゃった」と連絡をくれた時に感じる、血の気が引くあの感覚に近いことがしょっちゅうあった、と言えるかもしれない。


俺は中学時代に大怪我したにも関わらず大会に強行出場して、大きな挫折を味わった彼女を知っている。


それだけに、陽菜本人は大丈夫と言い張っても、ただのやせ我慢なんじゃないか、選手生命を絶たれるような怪我なんじゃないか、と気が気じゃない。


「そりゃあ、倒れるまでハラハラし通しだったわけだ……。

大変でしたよね、本当に」


瑞恵さんは俺が感じるようなハラハラを毎日、それも数十年も味わっていたのかと思い、思わず語りかけてしまう。


これは、誰もが理解できる感情じゃない。


陽菜がケガをしたときの、胃を掴まれるような感覚は、彼女を近くで見ている俺だけが得るものだろう。

【担当:誉田灯(情念の画家/高校生)】

深夜の静寂、キャンバスから瑞恵さんがこちらを向こうとしている。

全神経を指先に集中させ、一筆ごとに彼女の「意志」を刻み込む。

陽菜、君が信じてくれているから、俺はここまで描けるんだ。


次回、第126話『完成、そして響いた「ありがとう」』


俺は、確かに聞いたんだ。瑞恵さんの、あの穏やかな声を。

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