第123話:帰路、前カゴの夢と人形の写真
数時間後。
お店を出て、すっかり暗くなった国道をたどる。
段差のたびに、前カゴに入っている買った画材の袋がガサガサと音を立てる。
そして、トラックが通り過ぎる時の突風や、いきなり変わる風向きで、キャンバスがあおられて冷や汗をかく。
荷物もある程度多いし、カゴに斜めに突っ込んで大丈夫だろうと考えたのが甘かった。
前を走る陽菜は、行きほどでないが、依然としてスピードは早く、上機嫌な様子で俺を引きまわしている。
彼女の前カゴにも俺と同じく袋が入っているし、器用に固定してキャンバスも運んでもらっている。
「アスリートってすげぇな……。」
前を走るネイビージャージの陽菜は、さすがというべきか、俺と違って少々の突風でも全くぐらつかない。
「来てもらって、良かった……」
陽菜がそばにいてくれたからこそ、アリザリン・クリムゾンに出会えた。
瑞恵さんのために、あつらえたような真紅。
独りで行っていたら、延々と悩んでいたかもしれない。
そうはいっても、画材のあるジョイフル2だけでなく、ダイソーやらフードコートやら、目的外のところにも行くことになったけど……。
きっと上機嫌なのは、そんなことも関係しているのだろう。
彼女の前カゴだけに、ダイソーの袋が入っていた。
見慣れた景色が見えてきた。
家までもう少しだ。
太ももがパンパンになっているのをこらえながら、俺はペダルを踏み込んだ。
バタン。
ほどなくして、ようやく帰宅した。
自室のドアを閉めると、ドッと疲れが出た。
「……重かった」
キャンバスを壁に立てかけ、画材の袋はとりあえず作業机に置いて、ベッドに倒れ込んだ。
これからが本番、いよいよキャンバスに描いていくことになるが、ベッドに沈んだ身体はおもだるく、起きる気になれない。
ブブブ、ブブブ。
手元のスマホが震える。
さっき別れたばかりなのに、もう陽菜からメッセージが来た。
『お人形、飾ってみたよ!』という一文とともに、写真が送られてきた。
「まさか、あんなに気に入るなんてなぁ」
つぶやきながら、俺の机で気を付けをしているポーズ人形を眺める。
何がそうさせたのか、キャンバス選びの直前、陽菜はポーズ人形が欲しいと言い出したのだ。
ただ、本格的なものはそれなりに値段がついているので、ダイソーで売っている小ぶりなものを二体買ってあげた。
送られてきた写真は二枚。
一つは三段跳びの空中姿勢だ。
陽菜が自己ベストを出した大会の再現だろうか。
跳んでいる一体の後ろでベンチに座って声援を送る、俺と思われる一体がいる。
もう一つはテーブルを囲んで食事している。
ご丁寧にテーブル上にお子様ランチ風の皿とティーカップも並んでいる。
『なんか妙にリアルで、すごいな』と返信し寝返りを打つ。
「そりゃ、フィギュア用のミニチュアも欲しがるわけだ」
ポーズ人形二体で十分だろう、という俺を無視して嬉々としてフィギュア用のミニチュアを入れていた陽菜を不思議に思っていたが、写真を見て俺は独り納得した。
陸上一筋だった陽菜。
小さい頃からの付き合いだけど、彼女と「お人形遊び」や「おままごと」をしたことは記憶にない。
本当はこういうことをやりたかったのかな、どこかで気付いてあげられたら良かったかな、と心がチクリと痛む。
ブブブ、ブブブ
追加の写真だ。
たぶん、イーゼルとキャンバスのつもりだろう、メモ用紙を立てかけたスマホスタンドの前に立って、何かを描こうとしている一体と、それを後ろから見守っている一体。
『もうイーゼルの前で頑張ってるかな?』
なるほど、この一体は、やはり俺か。
大きく伸びをして、ムクリと身体を起こす。
「これから頑張りますよ、かえるくん」
【担当:誉田灯(情念の画家/高校生)】
陽菜から送られてきた、ポーズ人形の写真。
空中姿勢を決める一体と、それを見守る一体。
……わかってるよ、陽菜。俺も、君の隣で一緒に走りたいんだ。
次回、第124話『二台のイーゼル、瑞恵を掘り起こす日々』
瑞恵さん。これから、あなたを描きます。俺の部屋に、来てください。




