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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第五章(最終章):未来キャンバスと、素顔の肖像画(ポートレート)

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第120話:依頼主の「本気」、ゴーサインの重み

作品制作のゴーサインだった。


それを聞けたのは、数日前のアトリエで行われた、作品の進捗と本番に進むか否かを決める報告会であった。


完成した五枚のデッサン。

じっくりと眺める依頼主は、俺に振り向いた。


「……ん?全体的に雰囲気が変わったかな?」


やはり、塩浜さんである。


今回見せるにあたり、典子先輩の面影を少し薄くして、陽菜の面影を多く取り入れた。

彼はそのことに一目見て気がついたのだ。


「はい。前回のご指摘を受けて、改めて別の人……

おっしゃっていたイメージに近い人にモデルを頼みました」


そうかそうか、とうなずく依頼主。

少し離れたところにたたずむ大野さんと視線が合う。

ニコリと笑ってうなずいたが、俺は緊張で引きつった笑顔になってしまった。


腕組みしながら、一枚一枚味わうようにデッサンを見る塩浜さん。

その背中を見て、俺は確かな手応えを感じていた。


しかし、ゴーサインを聴くまでは気を抜けない。

思わず首筋に手を当て、ポケットの定期入れをきゅっと握る。


本当はプレッシャーから逃げ出したい。


でも、俺の絵のことを大切に思う四人、陽菜、鈴江ちゃん、典子先輩、そして田辺先輩が頭をよぎり、何とかその場に踏みとどまっていた。


「ん?……灯くん、このデッサンだが……

前にあったかな?」


振り向いた元県議会議員がたずねる。

賄いを差し出す瑞恵さんの姿だ。


「ご指摘の通り、前回なかったデッサンです。

お芋を食べるデッサンをベースに、賄いを出す瑞恵さんに描き直してみました」


「ほう……」


「塩浜さんのお話のメモを見返して、やはり賄いを出す瑞恵さんを描くべきかな、と……」


大きくうなずく依頼主。

陽菜をモデルにしたからこそ描けた一枚であった。


「ドライブの時のデッサンも、前のお姫様から雰囲気が変わった。

全体はあまりかわってないのに、不思議だ」


「はい。目のあたりと輪郭を少し変えました」


再び大きくうなずく依頼主。

目の周りの造形に陽菜の要素を入れたのは確かだが、造形よりも全体、特に瞳の雰囲気を変えたのだ。


俺が入院して制作が止まったらどうする、と聞いた陽菜の返事が頭をよぎる。


『もしあなたが「それでも描きたい」って望むなら、病院のベッドでも絵を描けるように、画材とかイーゼルとか、全部私が用意すると思う』


どちらかが倒れそうになったら、迷いなく支える。


『きっと、まずは私が代わりに、塩浜のおじいちゃんに謝りに行くと思う』


そして、もし、パートナーが倒れたら、自分が代わりにできることを探して、走る。


『だって、「困ったときは半分こ」だもん』


その気概を宿した陽菜の瞳の輝きを、デッサンに注ぎ込んだのだ。


「ふむぅ……」


大きくため息をついて、五枚のデッサンを行きつ戻りつする塩浜さん。


カツ……カツ……カツ。


ステッキの音がアトリエに響く。

大野さんも、日立先生も、そして俺も、往復する元県議会議員の姿を目で追う。


……カツン。


賄いのデッサンの前で止まった塩浜さんは、俺に振り向き、決然と言った。


「灯くん」


「はい」


「この賄いと、これ……ドライブの時のデッサン……

この完成品が見たい」


意志の強い、燃えるような表情。

数々の武勇伝が生まれたとき、きっと塩浜さんはこの表情をしていた。


「……いや、瑞恵に会いたい。頼めるか?」


イエスしかない。


「はい!……僕のありったけをこめて……

瑞恵さんを塩浜さんのもとに……連れてきます」

【担当:誉田灯(情念の画家/高校生)】

「瑞恵に、会いたい。頼めるか?」

あの日、塩浜さんから託された言葉が、俺の耳にこびりついて離れない。

もう、迷っている暇はない。俺のありったけを込めて、瑞恵さんを連れてくるんだ。


次回、第121話『恋人とドールと、隠された情熱』


陽菜、そこで何をしているんだ?……って、その人形のポーズ、まさか!


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