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【本編完結】【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第五章(最終章):未来キャンバスと、素顔の肖像画(ポートレート)

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第117話:土埃の国道、あるいはネイビージャージの背中

「や、やっぱ早い……」


ポニーテールが踊る、ネイビージャージの背中について行くのが精いっぱいだ。


ペダルを漕ぐ足が、鉛のように重い。


茨城県の県南を貫く国道を往く。

陽菜と自転車で画材の買い出しに出かけたのだった。


ぶわぁぁぁんっ!


「うへぇっ!」


国道を疾駆する大型トラックが巻き上げる突風に煽られる。

俺の漕いでる安物のシティサイクルは、そのたびにぐらぐらと揺れた。


「……はぁ、はぁ……。

ひ、陽菜、ちょっと……待って、くれぇ……」


前方を走る陽菜は、突風など存在しないかのように軽やかだ。

ポニーテールがリズムよく左右に揺れる。

彼女の背中からは「楽しい、嬉しい」という純粋なエネルギーが溢れ出していた。


「そういえば、二人で画材買うの……

初めてだもんなぁ」


苦笑しながら、立ち漕ぎ気味にペダルを踏み込む。

遠ざかる背中は、数日前、小躍りして部活に向かうロイヤルブルーの彼女に重なる。


一人で行くつもりだった画材の買い出し。

いっしょに出かける事が決まったのは突然だった。

部活に行く陽菜とすれ違うと、ウキウキした様子で話しかけられたことがきっかけだ。


『今度の日曜日、部活休みなんだ!どこかお出かけしようよ!』


『いいけど、用事があって……それが終わったら。

俺にとって大事な用事なんだ』


『え!?大事な用事?何それ?』


私を差し置いて大事な用事とは何事だ、と、あからさまに警戒する幼なじみ。


苦笑しながら瑞恵さんを描くための画材を買い出しに行く、早く終わらせるから、と答えた。


今回、依頼主は本気だ。

軍資金も頂いた以上、画材はしっかりしたものを選ぶ必要がある。

だからこそ吟味が必要だ。


しかし、俺が品物を選んでいる間、待っている陽菜はきっとつまらないだろう。

せっかくの休みなんだから、恋人に退屈な思いをさせたくない。


しかし、俺の思いとは裏腹に、何かの意地かそれとも警戒なのか……。


『私、画材屋さん行くの初めてだもん、行きたい行きたい!』


と、駄々っ子のようにねだりだしたので、いっしょに買い出しに行く事になったのだった。


『やった!約束だよ!

……じゃ、部活、頑張ってくるね!』


と、上機嫌になった陸上部の次期エースは、踊るように校庭に駆けだしていったのだった。


そんなわけで、のんびり作品について考えながら向かうはずの画材買い出しは、陽菜を追いかけるトレーニングのようになってしまった。


風を切って走っていた、アスリートの操る自転車が信号待ちで停まる。

俺は早く追いつかなくちゃ、とスピードを上げた。


「いっしょに行くなら、どこでも良かったのかな……わわっ!」


突然、沿道の畑から土埃を伴った強烈な風が吹き抜け、自転車ごと揺らす。


「ともくん、遅ーい! ほら、あと少しだよ!」


陽菜が振り返り、満面の笑みで手招きする。


「お、お待たせ……ふぅ」


ようやく追いつき、深呼吸する。


「はあ……はあ……。

それにしても、晴れて良かった」


「そうだねぇ、風が気持ちいいねぇ。

ちょっと口の中がジャリジャリするけど」


笑顔の恋人の後ろには、どこまでも平坦で、どこかさびしげな茨城の原風景が広がっている。


未舗装の脇道を走る軽トラックから舞い上がる土の色。


それは、俺がパレットの上で作るどんな茶色よりも、生々しい。

きっと若い頃の塩浜さんも、こんな道を駆け抜けていったのだ。


ジャリッ、と奥歯の隙間で砂が鳴る。


土埃に霞む軽トラックに、ツダシゲ商会のライトバンが重なる。

鈴江ちゃんが揃えてくれた資料にあった、車体側面にペンキで「ツダシゲ商会」とデカデカと手書きされた、白いライトバン。

塩浜さんも、このライトバンの思い出を話していた。


ライトバンが活躍していたのは、ツダシゲ商会が飛躍を遂げる少し前の頃だったそうだ。


『確かに手応えはあったが、金は相変わらず無くてな。

でも、土地柄、商売するなら車は必要だ。

津田沼の目利きでな、下取り車の中から『これなら、どんな茨城の泥濘(ぬかるみ)でも、亀みたいにはまることはない』と太鼓判を押して持ってきたんだ』


そのライトバンは、文字通りツダシゲ商会の足だった。


『デコボコ道をライトバンで走りながら、集金に行くんだ。

石とか(わだち)とかでしょっちゅう揺れてな。

助手席の瑞恵は、膝の上に広げた分厚い帳簿が落ちないよう、必死に手で押さえていたよ。

『早くこのガタガタ、なんとかしてほしいわ』ってな』


当時の車はエアコンなんかない。

冷房のない運転席だから、暑ければ窓を開けるしかない。


入ってくる砂埃にまみれながら、当時の塩浜さんは瑞恵さんとの未来を掴み取ろうと必死にハンドルを握っていたはずだ。

【担当:誉田灯(情念の画家/高校生)】

陽菜と走る茨城の国道。

巻き上がる土埃の中に、かつての塩浜さんが駆け抜けた道の幻影を見た。 瑞恵さんが必死に支えていた、あの「ツダシゲ商会」の原風景。

俺は今、その歴史の断片を背負って、戦場へと向かっている。

次回、第118話『武器庫への到着、あるいは画材調達の特訓』

陽菜、ちょっと待ってくれ! アスリートの足に、シティサイクルで挑むのは無理があるって!


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