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【本編完結】【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第五章(最終章):未来キャンバスと、素顔の肖像画(ポートレート)

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第109話:戦友の条件、あるいは大野の視線

うなずいた俺は定期入れを触った。


陽菜に黙って、図書室にいた鈴江ちゃんに栞を見せた。

そして「ツダシゲ商会についての資料を探してほしい」と頼んだのである。


理由も聞かず、彼女が県の図書館経由で資料を取り寄せてくれた。


彼女のつけた付箋つきの資料を、時間を見つけては読み漁った。

そして、塩浜さんが思い出話以上に大変な思いをして、ツダシゲ商会やTSEグループを育てていったことを知ったのだ。

しかも、塩浜さんたちがツダシゲ商会を設立したのは、俺や田辺先輩の少し上の年代、20代前半で、である。


想像できないような苦労を乗り越えてきたに違いない。

将来、俺がその年齢にさしかかったとして、塩浜さんのようなことができるだろうか。


できるとはとても思えない。


「だから……あの時のアイツは、隣で一緒に泥を被るような……

もっと険しくて、でもこの上なく頼もしい『戦友』の顔をしていたんだよ。

……津田沼以上に、な」


おどけて笑う依頼主。

依頼主以外にいじることを拒む、鎧のような空気がながれる。


「恋人でなく……戦友の顔」


思わずつぶやいた俺は、自分がどれほど浅はかな思い込みをしていたのかを痛感していた。

そして、塩浜さんも、依頼に対して本気の熱を帯びてきたことも。


確かに、典子先輩と慎一先輩は、長く付き合っている、俺の知る中で最高のカップルだ。


だから、モデルとしてぴったりだと思った。


しかし、今の先輩たちが築き上げているのは、慎一先輩の誠実な愛情を、典子先輩がしっかりと受け止めている「恋人たちの愛」だ。


それは一つの完成した二人の形だろう。


だが……。

ツダシゲ商会として走り出した塩浜さんが瑞恵さんから受け取っていたのは、そんな綺麗に整えられた気持ちじゃない。


いつ共倒れしてもおかしくないギリギリの状況で、互いの人生を背負い合う、血の(にじ)むような「戦友としての絆」だったのだ。


「……すみません。僕の解釈が浅かったです。

もう一度、練り直してみます」


俺が深々と頭を下げると、塩浜さんは慌ててポンポンと俺の肩を叩いた。


「いやいや、謝ることはない!

難しいことを言うジジイで、こちらこそすまなんだな」


顔をあげると、明るく輝く塩浜さんがいた。

資料で見た、若い頃の塩浜さんの写真が重なる。


「やはり、君の絵には確かに血が通っている。

……期待以上だと思うぞ。

完成を、心待ちにしているよ」


塩浜さんはそう言って豪快に笑うと、大野さんに目配せをしてアトリエの出口へと向かった。


依頼主の言うことに嘘はないのだろう。


絵は期待に応えることが出来た。

しかし、作品の方向性が間違っていたことは確かだ。


これでは依頼に応えられていない。


俺が落胆と焦燥感に包まれていると、塩浜さんを見送ろうとした大野さんが、ふと足を止め、俺の元へ戻ってきた。


「……灯くん。少し、いいかしら?」


「え? はい……」


大野さんから直接話しかけられるのは初めてかもしれない。

上品な身のこなしの裏に、どこか鋭い隙のなさを感じさせる彼女が、真剣な表情で俺を見つめていた。

【担当:大野喜美江(元県議会議員秘書/見守る者)】

しげさんの言葉に、灯くんが息を呑む。

彼が描いた「恋人の顔」は、しげさんの記憶の琴線には触れなかった。

でも、私は知っている。あの二人が歩んできた、血の滲むような絆を。

灯くん、少しだけ……話をさせてくれる?

次回、第110話『ファミレスの密談、あるいは十五万円の覚悟』

少ないけれど、これで良い画材を買いなさい。……しげさんの本気よ。

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