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【本編完結】【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第五章(最終章):未来キャンバスと、素顔の肖像画(ポートレート)

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第103話:覚悟のサンプリング、あるいは公民館の密室

「……だから、描くのは陽菜や典子先輩が瑞恵さんに似ている部分だ。

どちらかの姿を、そのままキャンバスに描くわけじゃないんだよ」


「……うん」


うつむいた顔に影が落ちる。

陽菜は下唇を噛んだままだ。


「陽菜には、陽菜にしか出せないものがある。

圧倒的な生命力とか、隣にいる人を安心させるような日向の温もりだ。

俺はそう思ってる」


だらんと下がった恋人の手をそっと握る。

しっとりとした体温が伝わってきて、俺の身体に安心感が広がる。


「……典子先輩も同じだ。

あの人には、陽菜にはない、静かに包み込むような雰囲気がある。

それに……」


手指をからめて、軽く力をこめた。

陽菜も握り返してきた。


わかってる、のサインだ。


「長く付き合った恋人同士にしか出せない、距離感や絆の空気がある。

それを出すには、俺たちではまだ無理だ」


つないだ手をゆっくりと振る。

つないだ先の彼女からの抵抗はない。


「君が大会の時、どうしても記録が出なくて、なりふり構わず俺に『勇気をちょうだい』って助けを求めてきたろ?」


うなずく陽菜。

足元で、つないだ手の影が揺れている。


「俺もいま、塩浜さんの途方もない想いに応えるために、俺の持てる技術と、出来ることの全てをぶつけたい」


うつむいていた顔があがり、まっすぐに俺を見つめる。


「だから……だから、やれることはできる限り、やりたいんだ」


沈黙が落ちた。

遠くで、トラックが通り過ぎる音が聞こえる。


バサッ……ぎゅっ。


「…………っ」


不意に、陽菜が俺の胸に飛び込んできた。

回された腕に力がこもる。


ロイヤルブルーのジャージ越しに、彼女の心臓の激しい鼓動がダイレクトに伝わってきた。

俺は彼女の細く引き締まった背中におずおずと腕を回し、その想いを受け止めた。


「わかってるの……。

頭では、ともくんの言う通りだって、ちゃんとわかってるの……」


俺の胸に顔を埋めたまま、陽菜は絞り出すように呻いた。


「でも……どうしても、モヤモヤしちゃう……」


背中の指が何かを掴むかのように食い込んでいく。


「ともくんの絵の中に、他の女の人の『匂い』が混ざるのが……

嫌なの。すごく……」


それは、アスリートとしての強さの裏側に隠された、神栖陽菜としての等身大の本音だった。

「困ったときは半分こ」と笑ってくれた彼女の、隠しきれない独占欲。


「……ごめんな、陽菜」


俺は彼女のポニーテールをそっと撫でた。


彼女の気持ちは痛いほどわかる。


だが、ここで自分を偽ったら、俺はずっと後悔する、そんな確信があった。


自分に嘘はつけない。


だが、塩浜さんの期待に応えるには、嘘をついて作品を創らなくてはいけない。


『人を喜ばすウソなら、ついていいんじゃねぇかな。』


『でもな、灯。つくなら『本気』でつかねぇとな。

中途半端だと、お客さんが夢から醒めちまう』


銀さんが教えてくれたこと。

相手が喜ぶなら嘘をつくのは悪くない。

しかし、つくなら本気でつかなければならない。


俺は「質感の嘘」を使って、塩浜さんが過去に置き去りにしてしまったものを見つけ出さなくてはいけない。


中途半端ではダメだ。


本気で嘘をつくためには、どうしても典子先輩の「恋人としての視線」をサンプリングする必要があるのだ。


「陽菜……大丈夫。俺を信じてほしいんだ」


腕の中で、彼女がコクンと頷いた。

俺は、腕の中の温もりを強く抱きしめながら、静かに覚悟を固めていた。

【担当:誉田灯(情念の画家/高校生)】

陽菜を強く抱きしめて、俺は覚悟を決めた。

人を喜ばせるための、本気の「嘘」をつくために。

公民館の無機質な会議室。

そこに、田辺先輩と典子先輩が現れた。いよいよ、俺の挑戦が始まる。

次回、第104話『ホワイトボードの窓、あるいは典子の戸惑い』

先輩、……そこに「冬の結露した窓」を、見てください。

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