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【情念の画家】地味な僕のフェロモンと筆ペンで、彼女たちの理性が限界突破する件  作者: 船橋ひろみ
第五章(最終章):未来キャンバスと、素顔の肖像画(ポートレート)

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第102話:公園の和解、あるいは不死鳥の独占欲

田辺先輩は少し身を乗り出すように話し出した。


「僕たちが付き合い始めたのは、いくつかの偶然が重なった結果です。

でも、交際期間が長くなると……」


眼鏡の奥の瞳が強く光り出したように見える。

大切にしまっていた言葉を取り出しているかのようだ。


「……隣に典子さんがいることが、まるで最初から決まっていた『当たり前』のことのように感じてしまう瞬間があるんです」


噛みしめるように話す先輩の言葉は、静かだが強い熱を帯びていく。


「でも、実はそうじゃないんです。

彼女だって機械じゃない。

気持ちを持っている、一人の女の子です」


誰にも伝えることなく、大切に磨き続けていた想い。


「ふとしたきっかけで、彼女の気持ちが僕から離れてしまうこともありますよね。

でも、それは僕がどんなに頑張ってもどうしようもできない……」


真剣に語るひとつひとつの言葉に、先輩が典子先輩に向ける気持ちがズシンと乗っていく。


「だから、毎日の典子ちゃんを新しく感じて……

隣にいる時間、典子ちゃんが僕の隣にいて良かった、幸せだと思えるように、尽くし続けることだと思いますよ」


先輩から視線を外さず、黙ってうなずく俺。

こんなこと、考えたこともなかった。


いくら陽菜が彼女とはいえ、もともと幼なじみなだけに、そばにいることが当たり前すぎていた。


でも、それは当たり前、ではない。


その誠実さと、典子先輩に対する深く静かな愛情に、俺は圧倒されていた。

俺の様子を見て、我に返った先輩は、少し照れくさそうに、顔を赤らめた。


「ち、ちょっと、真面目に語りすぎましたね……///」


赤い顔のまま、慌てて席を立つ先輩。

耳まで真っ赤なのが見えてしまった。


「で、では……連絡待っててくださいね」


足早にお店を出て行く先輩を見送ると、腕組みしてお店の天井を見上げた。


くるん、くるん、とファンがのんびりと回っている。


「隣にいて良かった、と思えるように尽くす……か」


俺は陽菜に対して、そんな風に思えていただろうか。


彼女が俺の隣で笑ってくれることを、どこかで「当たり前」だと錯覚していないか。

天井のファンみたいに、恋人になってからの陽菜の記憶がくるくると巡るのだった。


「……ねえ、ともくん!」


「ん?ふぁ?え?」


陽菜の少し怒ったような声で、俺はハッと我に返った。


「なんにも聞いてなかったよね?」


目の前には、まだ納得のいかない顔をした恋人が立っている。


「ごめん……ちょっと……考え事をしていて」


「もぉぉぉっ!」


むくれていきり立つ恋人。


八つ当たり気味に、俺の肩をバシバシたたく。

いつもこういう時は、はにかみながらポカポカとたたくのだが、今日はイラつきも手伝って、力がこもって若干痛い。


ばしん、ばしん。


ぎゅむっ。


「……っ!……ともくん?」


タイミングを合わせて、俺をたたいていた陽菜の手首をつかんだ。

鼻白む幼なじみから視線を外さず、俺はブランコの鎖から手を離し、真っ直ぐに彼女の目を見た。


「なぁ、陽菜。聞いてくれ」


俺の真剣なトーンに、ハッとして陽菜も口をつぐむ。


「今回描くのは、瑞恵さんだ。わかるよね?

だから、ベースは塩浜さんが持っている瑞恵さんの写真だ。

当然、全体的な造形や顔のパーツはご本人の写真を元にする」


掴んだ手首から力が抜けていく。

潤んだ恋人の瞳を見据えて、言葉をつなぐ。


「……塩浜さんが評価してくれた俺の絵の特徴……

質感だけど、それは写真だけじゃ絶対につかめないんだ。

それは、陽菜が一番わかってるはずだろ?」


ガサササ……

公園の木が風で揺れる。


「塩浜さんは『瑞恵さんがまとっていた空気』や『質感』を作品に込めてほしいと願っている。

そのためには、生身の人間のモデルで補う必要があるんだ」


陽菜がうつむいた。

挙げた腕の力がぬけて、ゆっくりと下がった。

【担当:神栖陽菜(アスリート/幼なじみ)】

「これは、仕事なんだ」。

ともくんの声が、私の心の震えを包み込む。

分かってるよ。ともくんが戦おうとしてるのは、私よりずっと大きな想いだってこと。

でも……他の女の人の「匂い」が混ざるの、やっぱり嫌だよ……。

次回、第103話『覚悟のサンプリング、あるいは公民館の密室』

陽菜、信じてほしい。俺が描くのは、瑞恵さんの「魂」なんだ。

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