第九話 番が、嫌われる
獣国に来て一月が過ぎた。
ヴェルグリムは毎日、塔の最上階に上がってきた。
食事を運ばせ、本を運ばせ、宝石を運ばせ、人間王国の絹を取り寄せ、彼女の前に積み上げた。
絹は七反あった。人間王国の貴族が一生に一度、婚礼の日にだけ袖を通すような品ばかりだった。宝石は数えていない。数える意味がなかった。
アイリスはすべてに礼を言った。
礼を言って、その日のうちに、宝石を仕分け、絹を畳み、それらを部屋の隅にきれいに並べた。
そして、また研究に戻った。
彼はそれを檻の外から見ていた。
毎晩、同じ場所に同じ姿勢で立って、見ていた。
「私を見ろ」
ある夜、彼は言った。
「お前の目に、私を入れろ」
アイリスは羽根ペンを置いた。インク壺の蓋を閉め、指を布で拭う。それから椅子ごと、彼のほうへ向き直った。
「ヴェルグリム様」
「殿下、と呼べ」
「ヴェルグリム様」彼女は同じ調子で繰り返した。「あなたが私を番だと感じることと、私があなたを愛さないことは、両方とも本当です。あなたの気持ちが本物なら、私の気持ちも本物です。あなたは、私の気持ちを踏みにじることはできません」
「私は、お前を愛している」
「私は、あなたを愛していません」
「そのうち、愛する」
「いいえ」アイリスは静かに言った。「私は、あなたを日に日に、嫌いになっています」
ヴェルグリムの目が、金から、赤へ、変わった。
アイリスはそれでも、瞬きさえしなかった。
「理由を申し上げます。三つあります」
彼女は指を一本立てた。医学生に病因を説明するときの手つきだった。
「ひとつ。マリエルさんの夫は、今ごろ、妻の作り方も知らないまま、子供たちに朝の粥を見よう見まねで作っているでしょう。彼女は死ぬ間際まで、それを案じていました。あの人の妻は、獣国の土の下です。奪ったのは、あなたの民族です」
竜の喉が鳴った。獣が唸る前の、あの低い音だった。
「ふたつ」
彼女は指を二本にした。
「テオさんの腱は、私が縫いました。切れた腱に針が通るとき、乾いた枝を裂くような音がします。あの音を、私は一生忘れません。彼は二十一歳です。彼はもう走れません。生涯、走れません。切ったのは、あなたの民族の狩人です」
ヴェルグリムの指が机の縁を掴んだ。樫の板が、砂糖菓子のように軋んだ。
「みっつ」
三本目。
「リアナさんの婚約者は、あの広場で、自分の唇を噛み切っていました。血が顎まで垂れていました。それでも声を上げなかった。上げれば斬られると知っていたからです。あの人は、婚約者が連れ去られる音を、黙って聞いていなければならなかった。そうさせたのは、あなたの民族です」
アイリスは指を下ろした。
「そして、あなたは、その民族の王子です」
「私が、やったのではない」
「ええ。あなたはやっていません」彼女は頷いた。「あなたは、許可を出した側です」
沈黙が落ちた。
壁の松明が、一度、はぜた。
「あなたは、マリエルさんの夫から妻を奪い、テオの足を切り、リアナの婚約者から彼女を奪った民族の王子です。私は医師です。私は、傷つけた者の側に立てません」
ヴェルグリムは何も言わなかった。
何を言えばいいのか、分からなかったからだ。
竜族の言葉には、詫びるという語がなかった。
「では、何をすれば」ようやく出た声は、掠れていた。「何をすれば、お前は私を見る」
「何も」
「何かあるはずだ」
アイリスは少し考えた。それは、彼のための思考ではなかった。
「強いて言うなら、仕事をさせてください。薬草を。書物を。診るべき患者を」
「それで、私を見るのか」
「見ません」彼女は言った。「ですが私は、あなたを憎んだまま、あなたの国の兵士を治します。医師とは、そういうものです」
ヴェルグリムは、その意味を半分も理解できなかった。
理解できないまま、翌日薬草が届いた。山のように届いた。
ヴェルグリムは、その夜、塔の最上階の壁を拳で砕いた。
壁の向こう側に、彼女が出ていく道はなかった。
それでも彼は、壁を砕き続けた。




