第二十五話 名前を、ください
二人は、籍を、入れた。
ヴェルは、役所の、書記官に、頼んだ。
「家姓を、決めなければ、なりません」
「ぼくには、家が、ないので」
「先生 ── じゃなくて、アイリスさんの、家姓に、入れて、もらえますか」
「フォッセル、です」と、アイリスは、答えた。
「ヴェル・フォッセル」
「いい、名です」
「人間の、ぼくの、初めての、家の、名、です」
「ありがとう」
書記官は、書類に、ペンを、走らせた。
ペンが、止まる、その間際、ヴェルが、急に、肩を、震わせた。
「どうしました」と、アイリスが、心配して、訊いた。
「いえ」と、ヴェルは、首を、振った。
「いま、不思議な、夢の続きを、見たような、気が、しました」
「夢?」
「ぼくが、誰かに、名を、呼ばれた、夢」
「誰かが、ぼくに、名前を、くれた、夢」
「その名は、ヴェル、では、なかった気が、する」
「もっと、長くて」
「もっと、別の、響きの、名前」
「だけど ── 」と、彼は、笑った。
「ぼくには、もう、その名は、いらない」
「ぼくは、ヴェル・フォッセルです。今日から、それで、いい」
アイリスは、頷いた。
頷きながら、心の中で、ヴェルグリム、と、その名を、最後に、一度、呼んだ。
あなたの番で、いることは、できなかった。
けれど、あなたの、妻には、なれます。
番ではない、妻に。
ありがとう、ヴェルグリム。
あなたが、人間に、なってくれて、ありがとう。
私が、医師で、ある限り、あなたの、夢の中の、傷を、毎晩、私が、診ます。
それが、私の、新しい、誓いです。
書記官は、ペンを、置いた。
書類は、二人の、家姓を、もって、完成した。




