エピローグ 群像、その後
**リアナとコンラート** ──
銀狼族の屋敷で、二人は、八年後、双子を、授かった。
銀の毛と、人間の、栗色の髪が、混じった、半獣の子だった。
**マリエルと、サラフ** ──
サラフは、毎朝、青い花を、墓に、供え続けた。
彼は、結婚しなかった。
新しい番を、持たなかった。
獅子族の掟では、それは、許されないことだったが、彼は、王に、頭を、下げて、それを、押し通した。
彼は、晩年、子供たちのための、孤児院を、獣国の片隅に、建てた。
人間の子も、獣人の子も、預かった。
彼は、子供たちに、毎晩、毛布を、二枚、かけた。
それが、彼の、贖罪、だった。
**テオとニッサ** ──
テオは、走らなかった。
逃げなかった。
ニッサの屋敷で、仕立て屋として、名を上げた。
彼の縫う服は、獣人の、複雑な体型に、完璧に、合った。
彼は、ある日、ニッサに、訊いた。
「ぼくは、あなたを、愛しているんでしょうか」
ニッサは、長いこと、考えてから、答えた。
「私には、分からない」
「でも、お前が、ここに、いる」
「それで、いい」
テオは、頷いた。
彼は、それから、二人で、初めての夜を、過ごした。
それは、愛、だったかも、しれない。
名前のない、何か、だったかも、しれない。
名前のないものを、生涯、抱える、ということを、二人は、選んだ。
**エドリックとヴォーラ** ──
エドリックは、剣を、棄てた。
獣国の片隅で、畑を、耕した。
ヴォーラは、薬草を、育てた。
二人は、結婚は、しなかった。
ただ、同じ家に、住んだ。
彼は、亡き妻の、命日には、家を、空けた。
ヴォーラは、その日、彼の、好物を、用意して、待った。
帰ってきた彼に、彼女は、いつも、同じ言葉を、かけた。
「お帰り。長い、散歩、だったな」
彼は、頷いた。
それで、二人の、生活は、続いた。
**ミオとレスカン** ──
ミオは、書庫の、書き手に、なった。
獣国で、初めての、人間女性の、書庫補佐官だった。
彼女の指は、獣国の、すべての、指文字を、流暢に、操った。
レスカンは、彼女の、書く椅子の、隣に、自分の机を、移した。
百年生きた蛇の獣人が、人間の女の、傍らで、本を、読んだ。
ある日、ミオは、紙に、書いた。
『私を、お嫁さんに、してください』
レスカンは、その紙を、額に、当てた。
頷くかわりに、彼は、その紙を、自分の、心臓の、上に、しまった。
それで、答えに、なった。
**アイリスとヴェル(ヴェルグリム)** ──
二人は、北の港町ベルナで、暮らした。
アイリスは、ベルナ市営病院の、副院長になり、後年、院長になった。
ヴェルは、生涯、雑役夫として、勤めた。
彼の、強い手は、何百人、何千人の、患者の、担架を、運んだ。
彼の、夜の夢は、年月とともに、薄れた。
五十を過ぎたころ、彼は、ある朝、目を覚まして、アイリスに、言った。
「アイリス」
「はい」
「今夜、ぼくは、夢を、見なかった」
「初めて、誰も、傷つけない、夢、だった」
アイリスは、その朝、長い、長い、息を、吐いた。
それから、彼女は、彼の、頬に、口づけ、を、した。
「ヴェルグリム」と、彼女は、ようやく、その名を、呼んだ。
ヴェルは、首を、傾げた。
「変な、響きの、名だね」と、彼は、笑った。
「でも、好きだ。なんか、知ってる、気がする」
「いいの、知らなくて」と、アイリスは、笑った。
「あなたは、いま、ヴェル・フォッセル、で、いい」
「うん」と、彼は、頷いた。
「ぼくは、ヴェル・フォッセル、で、いる」
獣国は、その後、人間王国との、対等な同盟を、結んだ。
番探しの宴は、廃された。
理由は、誰も、覚えていない。
ただ、王立中央書庫の、最奥に、一冊だけ、人間の女の、医師の手による、研究書が、収められている。
題名は、こうである。
『番解きの薬 ── 一方的な愛は、愛では、ない、という、医学的、考察』
書名は、長い。
だが、その本の最後の頁には、たった、一行、こう、書かれている。
『追記。
それでも、人は、もう一度、愛することが、できる。
── ロゼ・フォッセル(旧姓 アイリス・フォッセル)』
了。




