第二十三話 もう一度、出会う
# 第二十三話 もう一度、出会う
ヴェルは、退院した。
彼は、宿屋を、辞めて、病院の、雑役夫として、雇われた。
強い力と、まじめな働きぶりで、彼は、すぐに、信頼された。
彼は、毎朝、病院の、玄関を、掃いた。
毎晩、薬の、ガラス瓶を、磨いた。
医師の、白衣を、洗濯した。
アイリスの、白衣も、彼の、洗濯桶に、混じっていた。
彼は、それを、知らずに、洗っていた。
彼の手で、彼が、かつて、独占したかった女の、白衣が、毎日、洗われた。
彼は、ただ、ていねいに、洗った。
誰のものか、知らなかったから、ていねいに、洗った。
それが、彼の、生まれ変わった、誠実さ、だった。
半年が、過ぎた。
ある夕方、診察を終えたアイリスは、勇気を出して、ヴェルを、夕食に、誘った。
「お疲れ様、ヴェルさん」
「お疲れ様です、先生」
「もし、ご都合がよければ ── 街の、東通りに、新しくできた、紅茶のお店を、ご一緒、しませんか」
「紅茶」
「ええ。あなたが、紅茶のカップを、見ると、目が離せなくなる、と、前に、おっしゃっていたから」
「覚えていて、くれたんですか」
「医師なので。患者さんの、習癖は、覚える、性分です」
ヴェルは、子供のように、嬉しそうに、笑った。
そして、頷いた。
二人は、紅茶店に、行った。
湯気の立つカップを、彼女が、彼の前に、置いた。
ヴェルは、それを、しばらく、見ていた。
それから、目を、上げた。
そして、言った。
「先生」
「はい」
「ぼくは、なぜか、いま、初めて、家に帰ってきた、ような気が、しています」
「変ですね」
「変です」
「すみません、変なことばかり、言って」
「いいえ」とアイリスは、答えた。「変なこと、ばかり、言うのが、人間です」
その夜、アイリスは、二十七年生きてきて、初めて、自分の、檻を、内側から、開けた。
檻を、与えられた檻ではなく、自分の心の、檻を。
それは、ヴェルグリムが、与えた檻、でも、あった。
その檻の、扉を、彼女は、自分の手で、開けた。
そして、彼女は、ヴェルの隣に、座った。
番、ではなく、ひとりの、女として。




